「消費は美徳」思想のルネサンスを<後編>

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最新投稿日時:2022/02/24 13:46 - 「「消費は美徳」思想のルネサンスを<後編>」(みんかぶ株式コラム)

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「消費は美徳」思想のルネサンスを<後編>

著者:武者 陵司
投稿:2022/02/24 13:46

<前編>から続く

資本主義の進化をもたらした「消費は美徳」思想

 では、デフレにストップをかけるにはどうしたらよいのか。それは、この著しい供給力の増大に対応した新たな需要をいかに生み出すか、にかかっている。望ましいのは生活水準が飛躍的に向上し、消費意欲が活発になって需要が喚起されることである。そうでなければ過剰生産のために全世界が壊滅的な大不況に陥る。生産性が2倍になったら、生活水準を2倍に引き上げて需要を喚起する方策を取るのだ。仮に昨年は、年間に100日働いて100万円の給与を得て100万円の生活をしたとしたら、今年は同じだけ働いて200万円の賃金を得て、200万の生活をするようにしないとバランスが取れないのである。

 1800年には、アメリカの総人口に占める農業人口は74%だった。それが2000年にはたった2%にまで低下した。200年前は74人が農業生産に従事して100人分の食料を供給していたのだが、いまはたった2人で済む。1人で1.35人分から、今は50人分つくれるまで農業生産性が上昇したのである。とすると、それまで農業に従事していた72人は失業ということになる。では、彼らはどこに行ったのか? 農業以外の新しい仕事に就いたのである。

 それがどんな仕事か、現在の私たちの職業を見ればよくわかる。今日の職業の大半は、200年前に存在しなかったものである。それは「人間の欲望を充足する手段としての産業」、言い換えれば人々の生活を豊かにする新しい産業が生まれた。高度大量消費を可能にするさまざまな工業製品、それを支える石油、電力などのエネルギー関連、増加した所得を処理する金融業、外食、レジャー、スポーツ、エンターテインメント、旅行、ファッション、近代教育、近代医療などの分野で、新しい雇用が生まれた。

 資本主義経済は、こうした新しい喜び、欲求の充足のパターンを開発して発展してきた。新しく社会的な付加価値を産むビジネスが開発されたことで、余剰人員や余剰資本がスムーズに吸収されてきたのである。かつての王侯貴族のレベルの生活水準を大半の市民が謳歌できていることで、デフレが阻止され、経済成長が続いてきたのである。マルクスの予言『労働の搾取による資本の過剰蓄積と利潤率低下 → 資本主義崩壊』という暗い将来予想は完全に外れたが、それは人権を尊重する民主主義の下で所得が再配分され、「消費は美徳」思想が勝利したからである。

米国で共有されている「消費は美徳」思想と、逆の日本

 この歴史的事実を認識しない人々が「貯蓄は美徳だ」などと叫ぶが、技術はどんどん発展していくので、贅沢(=生活水準の向上)をしなかったら失業者が増えるだけである。「消費は美徳」という単純明快な事実を唱える学者やエコノミストは日本には少ないが、米国ではそれは常識である。米国の政策の第一義的目的は、老後や将来不安の解消でも財政健全化でも、格差の縮小でもなく、ひとえに生活水準の向上にある。

 日本ではバブル崩壊以降は、「成長しなくてもいいのだ」という清貧の思想が一世を風靡した。しかし、一見ストイックな、人々の倫理観に訴えるこの思想は、経済史的見地から見れば誤りだったのは明らかである。日本は何としてもこの後ろ向きの経済心理を払しょくしなければならない。

FRBは「インフレタカ派に変わったのか」

 付言すると、米国の経済金融理論にしても、経済金融政策にしても、「消費は美徳」を前提的価値観として形成されている。それを「貯蓄が美徳」の価値観を持つ日本の学者や官僚が解釈しても、的外れになるのは当然であろう。

 米国ではコロナパンデミック対応の緊急避難的な超金融緩和が終わり、長短金利の急上昇と株価下落が起きている。FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレを軽視し引き締めに遅れてしまった、遅れを取り戻すために急激な利上げは不可避で、深刻な株価調整が起きるとの、タカ派的観測も浮上し、日本にはその支持者が多い。

 FRBは「インフレタカ派に変わったのか」それとも「ハト派のままなのか」は、今年の投資戦略を分かつ問題である。その答えは米国経済政策の指令塔が「消費は美徳」の価値観を持っていると認識するかどうかであろう。

(3)いま日本で始まった脱デフレの好循環

日本でも資産インフレが始まっている

 グッドニュースは、デフレの最悪期はアベノミクス登場で過ぎ去ったことである。円高が止まり、デフレ(恒常的物価下落)も終焉し、日本においても企業には旺盛なアニマルスピリットが戻っている。リーマン・ショック後、2021年までの世界株価を比較すると、日経平均株価は4.1倍とドイツDAXと同等の上昇であり、NYダウの5.1倍に続き世界では二番手である。GAFAM(アルファベット、アマゾン、メタ・プラットフォームズ、アップル、マイクロソフト)に牽引されたナスダックの11.2倍には見劣りするが、中国や韓国の2~3倍と比較すれば良好である。

 資産デフレは不動産においても終了している。日本の不動産価格は、世界の中で突出した長期下落のさなかにあった。2000年以降、大半の国で住宅バブルが形成され破裂したが、そのほとんどは数年で底入れし、過去のピークを奪回している。日本だけはバブル崩壊後20年にわたって下落が続いたが、アベノミクスが始まった2013年以降、マンション価格と商業用不動産価格は大きく上昇に転じている。

価格競争力の復元が企業収益の急伸をもたらす

 また、2021年度の日本の企業収益は過去最高を更新する勢いである。法人企業統計の経常利益率を辿ると2013年頃までは4%を天井として循環していたが、2013年頃より急伸し今日でほぼ8%と過去最高水準である。日本企業の価格競争力を損なった超円高が終焉し、価格競争力が急回復したことが大きく寄与している。円の実質実効レート(2010=100)は1970年の70から1995年には150へと急伸したが、2021年には再度1970年代の70へと戻った。それは日本企業の国内コストが貿易相手国に対して2倍に上昇し価格競争力を著しく損なったが、そこから日本の相対物価が1995年比で半減し、価格競争力が著しく回復したことを示している。

 また、企業の経営改革も進展している。DX(デジタルトランスフォーメーション)革命、GX(グリーントランスフォーメーション)革命を前に企業改革が待ったなしであるという覚悟は、今や共有されている。銀行や財閥系などのエリート企業の指定席であった株式時価総額上位に、キーエンス <6861>リクルートホールディングス <6098>信越化学工業 <4063> 、日本電産 <6594>ダイキン工業 <6367>村田製作所 <6981>HOYA <7741> などのグローバルニッチトップ企業が名を連ねるようになった。経営改革に先行したソニーグループ <6758>日立製作所 <6501> も復活している。

 現実社会における課題解決にハイテクをどう活かしていくか。新フロンティアとしてのサイバーとフィジカルの統合(cyber physical interface)で活用されるセンサーやモーター、パワー半導体などの要素技術において日本は世界最強の多くのプレイヤーを擁している。

 金融でも、世界に冠たるベンチャー資本家である孫正義氏、世界に類例のない投資銀行である総合商社、SPA(製造小売り)を極めたファーストリテイリング <9983> 、マッチングビジネスのリクルート、EV(電気自動車)で世界をリードできる可能性があるトヨタ自動車 <7203> など、ユニークなビジネスモデルが揃っている。日本企業の出番が近づいている。

 株式投資の世界でも、これまでの日銀と外国人に代わって日本の個人が大きな投資主体になっていくだろう。NISA、iDeCoという個人の株式投資口座が急伸し、両者合計で1200万口座を突破した。日本では1040兆円と個人金融資産(年金保険の準備金を除く)の75%が利息ゼロの現預金に眠っており、それは世界最大級の投資の待機資金と言えるが、それがいま動き出している。企業における価値創造の復活、株価上昇と個人のリスクテイクの活発化という形で、失われたアニマルスピリットが着実に改善しているのである。いま確実に動き始めたこの好循環を守り育てていくことが、強く望まれる。

(2022年2月22日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン299号」を転載)

配信元: みんかぶ株式コラム

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