堅実さんのブログ
出世街道(6.6.10)12時52分
これは、小学生の時、新田の清水さんが、家に来て兄に話したことです。その時に、ラジオから流れてきた歌です。清水さんは、これからはこんな歌が世間で、広まると話しました。
清水さんは、これからの農業はどうあるべきかで、熱く語り、花野菜(カリフラワー)を、熱心に話ました。その時はまだ、カリフラワーは、日本には、出回っておりませんでした。そして、初めてカリフラワーを湯出て、醤油で、食べました。別に、美味しいとも、思いませんでした。
当時は、キャベツを、玉菜(たまな)と、呼んでました。このキャベツもその後、2年後くらいに、農家で栽培するようになりました。珍しくて、細かく刻んで、ウスターソース(この頃はウスターソースしか出回っていなかった)をかけて食べると、とても、美味しいと感じた。
ブロッコリーは、カリフラワーが栽培されてから、4年後くらいに、栽培されました。この頃は、キャベツが、盛んに栽培されました。おそらく、食事の洋風化が、進んでいたのだと、思います。
出世街道 畠山みどり
https://www.youtube.com/watch?v=R09dt3zVw4U
この頃は、戦後の混乱期から、少しずつ、我が国が立ち直ってきたころです。
そして、頑張ろうと言う、風潮が強かったときでもあります。
食糧難の時代に、麦飯に、昆布の佃煮と、小女子の佃煮、目指しを食べていた時代から、少しずつですが、食べ物も安定し、そして豊かになる。丁度、移行期でも、ありました。そんな時ですので、こんな頑張ろうという、根性ものが、受け入れられたのです。
歌は時につれ、時は歌につれを、感じます。
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堅実さん2024/6/10 14:56kouboudaisi さんへ「そして、初めてカリフラワーを湯出て、醤油で、食べました。別に、美味しいとも、思いませんでした。カリフラワーもブロッコリーも好きではありませんが、出されれば食べます。よっぽど嫌いという程でもありません。キャベツはまあまあ好きな部類に入ります。緑黄色野菜は体に良いと昔から言われておりますが、特に好んで食べてはおりません。」まあ、この頃は、つぎはぎだらけのズボンから、帝人のテトロン製のズボンが出てきて、丈夫になりました。このテトロンは、未だ、珍しかったです。まだ、真空管ラジオで、テレビは学校にしか、ありませんでした。その分、テレビがないので、子供は、外で、元気に、遊んだものです。そんな時代でした。
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kouboudaisiさん2024/6/10 14:33こんにちは!いつもお世話になっております。「出世街道 畠山みどり」は小学校の頃聞いた覚えが有ります。しかしながら、村田英雄や三波春夫と同じく全く興味を引かれませんでした。申し訳ございません。>そして、初めてカリフラワーを湯出て、醤油で、食べました。別に、美味しいとも、思いませんでした。カリフラワーもブロッコリーも好きではありませんが、出されれば食べます。よっぽど嫌いという程でもありません。キャベツはまあまあ好きな部類に入ります。緑黄色野菜は体に良いと昔から言われておりますが、特に好んで食べてはおりません。