・セルサイド、バイサイドのアナリストを実践してきたが、企業のIR担当者は経験したことがない。会社を代表する立場で投資家やアナリストに向き合う時、自分ならどういう行動をとるであろか。質問や疑問に的確に応えられるだろうか。
・たぶん難しい。どんな会社にも課題があり、すでに手を打っていればまだしも、まだ手をつけていないことも多い。優先順位もあろうが、経営資源が十分でなかったり、実行戦略に迷いがあったりする。
・社外役員に就いている会社のIRミーティング(会社説明会)には必ず参加するようにしている。どういう質問や意見が出されて、経営陣がどのように答えているかは、その後の取締役会での議論に役立つことが多い。
・株主総会や会社説明会で一番残念なことは、参加者が少なかったり、質問や意見が出なかったりする時である。少し分かりにくい質問でも、その意図を酌めば答えることができる。
・他者のいる前で、大事な質問はしないという投資家は多い。質問をしても一回限りで終わってしまうことも大半である。ワンオンワンになるともっと自由に会話しているが、大勢の場におけるやり取りには勇気と工夫がいる。
・つまり、どこか代表質問的な要素が入ってくる。自分が知りたいのはもちろんであるが、この質問はきっとみんなも聞きたいことだろうか、と自問してから、質問することが1つのコツである。
・もう1つは、質問に対する答えが返ってきたら、その答えに対する続きの質問をして話題を発展させることである。そうすると経営陣の本音が少し滲んでくる。これによって、理解が深まる。
・投資家が知りたいことと、経営者が知ってほしいことには絶えずギャップが生じる。短期的な視点では、数値情報に落とし込めるかどうかで差が出る。投資家は、多いか少ないかではなく、いくらかと数値を聞いてくる。
・経営者は、まだ不確定なのではっきりしないことは答えたくない。ここをどうするか。考え方とシミュレーションがあればギャップはかなり縮まろう。
・中長期的視点では、長期ビジョンや中期計画の骨子を拠り所として、それをどのように実行していくのか。その戦略について、ピンとくるかどうかである。
・経営サイドにすれば、差別化戦略をもっているのであれば、それを語りたいところであるが、マーケットでみんなに知られてしまっては支障が出てくると考える。
・よって、一定の成果が見えてくるまでは、抽象的に語っておこうとする。そうすると、投資家は、何か一般論を語っているだけで特色を感じない。つまり、説得力が感じられないことになる。
・これも対話を重ねる中で、ヒントが滲んでくるようになる。本物の中身があるのか、建前を掲げているだけなのかは、現場に近づけば近づくほど、未財務情報レベルでの活動が見えてくることがある。
・サステナビリティを支えるESGをどのように構築するか。GとEに続いて、Sの議論も活発になっている。働き方改革が問われており、楽しく働いて、もっと収益性を高めてくれれば、それに越したことはない。
・8月に「日本版ディーセント・ワーク」に関する委員会(「ESG-S指標に関する調査研究委員会」)の報告を視聴する機会があった。ディーセント・ワーク(Decent Work)とは、“働きがいのある人間らしい仕事”のことで、これをいかに実現していくか。
・8つの要素があげられた。1)適切な労働時間と賃金、2)男女格差の撤廃、3)柔軟な働き方、4)職場の安心、5)人的資本への投資、6)ダイバーシティ&インクルージョン、7)サプライチェーンの働き方、8)健全な労働関係をいかに作り上げていくか。
・確かに、8つの要素を会社の仕組みとしてしっかり作り上げ、それを進化させていく経営力を知りたい。これをIRミーティングでどう対話していくのか。
・そこに価値創造に結び付く特色があれば、自ずと戦略に表れてくる。逆に、ダーティな部分を隠すとなると、後々のしっぺ返しは大きなものとなろう。これはIRの精神に反するので、くれぐれも注意したい。
・IR活動の相手先は広がっている。狭い意味での機関投資家や個人投資家だけでなく、ステークホルダー全般への広がりもみられる。企業への関心を、株式市場を通してみていくという人々が増えている。
・投資家は、認知心理学や行動経済学からみて一定の特性を有しており、必ずしも合理的には動かない。感情が作用する。そうすると、バイアスやエラーとなるような受け止め方、選択、意思決定をしてしまうことも多い。
・誰でも損はしたくない。嫌なことは避けたい。現状の延長を優先して変化を嫌う。不都合なことは見たくない。損切りができない。思い込みをなかなか直せない。自分と違う意見を拒否する。
・一方で、うまくいったことは忘れない。次はよくなると思いたい。予想が当たった時の心地良さをまた味わいたい。これらの特性は、投資家に特別なものではなく、企業経営者にも通じるものがある。
・リモートが当たり前になっている。そこで、いかに個性を出して、相互理解を深められるか。対話を充実させて、新しい行動変容を互いに生み出したいものである。
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