ぎっしーさんのブログ
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08.06.24 猪木も井(関)農機も燃える
『元祖「なんだコノヤロー!」から34年 猪木ものまね不滅ダー!』(6月23日中日スポーツ)
アゴを突き出し「元気ですか!」と言ったことのない人はいるのだろうか。だれもがやってしまう「アントニオ猪木ものまね」。最近は若手芸人たちが競い合うように新しい世界を追求している。なぜ「猪木ものまね」が世代を超えて続いていくのか、その歴史と魅力を分析してみた。 (石井知明)
今では定番ネタの猪木ものまねが誕生したのは34年前。生みの親であるSUEKICHI(当時の芸名は鈴木末吉)さんはこう振り返る。「高校時代に友達とプロレスごっこしてて、アゴを出したら『猪木だ』と言われましてね。テレビのプロレス中継で研究するうち、猪木さんがよく『コノヤロー』と言っていることに気付いたんです」
1974年、素人参加型テレビ番組「ぎんざNOW!」で披露すると大ブレーク。70年代後半は清水アキラさん、アゴ勇さんらと「ザ・ハンダース」を結成し、「なんだコノヤロー」は猪木ものまねの代名詞になった。
大げさな「コノヤロー」一辺倒の流れを大きく変えたのが春一番さん。主な仕事は漫談と司会業だったが、80年代末、ある番組で急にものまねを要求された。熱烈な“猪木信者”の春一番さんは「ガチンコの猪木さんならできます」と断った上で「プロレスとは何か…その答えはまだ見つかっていません」と、あえてリング外の猪木さんの語り口を、淡々と“声帯模写”。やせた体とのギャップとも相まってウケた。「1・2・3・ダー!」の名ゼリフも、春一番さんがテレビで繰り返すことで広まっていった。
そして、ここ数年では、タイプの違う3人がブレークした。
アントニオ小猪木さんは、「タイガー・ジェット・シンの腕を折るアントニオ猪木」など、実際の試合を精巧に再現する“形態模写”。身長158センチと小柄だが、鬼気迫る動きは「いないはずの対戦相手が見える」と評される。ほとんどの試合の会場や決まり手を暗記しているマニアで、「自分が猪木さんだったらどうするんダー! と思うと、完全になりきってしまうんです」と話す。
183センチ、92キロというプロレスラー並みの体格を持つアントキの猪木さんは、「もしもアントニオ猪木がコンビニ店員だったら」といった“なりきりネタ”が売り。アゴを出すのでかみ合わせが悪くなったり、夏場は首にかけたタオルの形に日焼けしたり、という“職業病”を抱えつつも、「事業が失敗しても必ず立ち上がる、猪木さんの破天荒な生き方に感動する。見てるだけで元気になれる。ものまねを続けたい」と、猪木さんそっくりな顔で話す。
猪木ものまね界では一番若いグラップラーたかしさんは、格闘技観戦にはまり、猪木さんに“ホレた”のが98年の引退直前とあって、引退後のトークやマイクパフォーマンスに焦点を当てている。衣装もスーツにマフラー姿という独自路線だ。
「特に練習もしてないけど、話し出すと自然に似ちゃうんです。好きで見ているうちに、体の細胞に入ってきた感じ」と話し、猪木さんのように「ムフフ」と笑った。
なぜ猪木ものまねは30年以上も続いているのか。ものまね界の登竜門といわれる東京・新宿のショーレストラン「そっくり館キサラ」の関根和久店長(42)は「猪木さんのカリスマというか、人をひきつけるエネルギーでしょうね。芸人さんも猪木さんが好きで、魅力をどう表現しようか研究しているのが伝わってくる」と分析。「猪木さん自身も(ものまねを)大らかに笑ってくださっているので、ものまねの世界にたずさわる者として、すごくうれしいです」と語る。
「猪木さんが好き」という芸人がいる限り、新しいタイプの猪木ものまねも生まれ続けていきそうダー!
※この記事を読んで、近所の本屋で、前々から気になっていた『アントニオ猪木語録』(扶桑社)購入しちゃいました。元気ですか一日一叫びをモットーに過去の猪木語録が365日分満載です。ちなみに、本日、6月24日の言葉です。
「自然流、自然のままですよ」
この言葉が出たのは、1974年6月26日のタイガー・ジェット・シン戦の直前インタビューだった。新宿伊勢丹前襲撃事件など、リングの内外でクレイジーな話題を振りまいているシンとの一戦を前にして、「生きるか死ぬかの闘いになっても正々堂々と闘うか?」と記者に問われてのコメントであった。もし、相手が殺す気ならこっちもその気でいく、というどんな流れにも棹さしていける柔軟さが、人生においても大事だということを暗示しているようだ。
自然流だそうです。燃える闘魂 アントニオ猪木!にちなんで、自然流ならば、♪燃える男の~赤いトラクター~ アントニオ井農機でも?長々と、大変、失礼しました。
アゴを突き出し「元気ですか!」と言ったことのない人はいるのだろうか。だれもがやってしまう「アントニオ猪木ものまね」。最近は若手芸人たちが競い合うように新しい世界を追求している。なぜ「猪木ものまね」が世代を超えて続いていくのか、その歴史と魅力を分析してみた。 (石井知明)
今では定番ネタの猪木ものまねが誕生したのは34年前。生みの親であるSUEKICHI(当時の芸名は鈴木末吉)さんはこう振り返る。「高校時代に友達とプロレスごっこしてて、アゴを出したら『猪木だ』と言われましてね。テレビのプロレス中継で研究するうち、猪木さんがよく『コノヤロー』と言っていることに気付いたんです」
1974年、素人参加型テレビ番組「ぎんざNOW!」で披露すると大ブレーク。70年代後半は清水アキラさん、アゴ勇さんらと「ザ・ハンダース」を結成し、「なんだコノヤロー」は猪木ものまねの代名詞になった。
大げさな「コノヤロー」一辺倒の流れを大きく変えたのが春一番さん。主な仕事は漫談と司会業だったが、80年代末、ある番組で急にものまねを要求された。熱烈な“猪木信者”の春一番さんは「ガチンコの猪木さんならできます」と断った上で「プロレスとは何か…その答えはまだ見つかっていません」と、あえてリング外の猪木さんの語り口を、淡々と“声帯模写”。やせた体とのギャップとも相まってウケた。「1・2・3・ダー!」の名ゼリフも、春一番さんがテレビで繰り返すことで広まっていった。
そして、ここ数年では、タイプの違う3人がブレークした。
アントニオ小猪木さんは、「タイガー・ジェット・シンの腕を折るアントニオ猪木」など、実際の試合を精巧に再現する“形態模写”。身長158センチと小柄だが、鬼気迫る動きは「いないはずの対戦相手が見える」と評される。ほとんどの試合の会場や決まり手を暗記しているマニアで、「自分が猪木さんだったらどうするんダー! と思うと、完全になりきってしまうんです」と話す。
183センチ、92キロというプロレスラー並みの体格を持つアントキの猪木さんは、「もしもアントニオ猪木がコンビニ店員だったら」といった“なりきりネタ”が売り。アゴを出すのでかみ合わせが悪くなったり、夏場は首にかけたタオルの形に日焼けしたり、という“職業病”を抱えつつも、「事業が失敗しても必ず立ち上がる、猪木さんの破天荒な生き方に感動する。見てるだけで元気になれる。ものまねを続けたい」と、猪木さんそっくりな顔で話す。
猪木ものまね界では一番若いグラップラーたかしさんは、格闘技観戦にはまり、猪木さんに“ホレた”のが98年の引退直前とあって、引退後のトークやマイクパフォーマンスに焦点を当てている。衣装もスーツにマフラー姿という独自路線だ。
「特に練習もしてないけど、話し出すと自然に似ちゃうんです。好きで見ているうちに、体の細胞に入ってきた感じ」と話し、猪木さんのように「ムフフ」と笑った。
なぜ猪木ものまねは30年以上も続いているのか。ものまね界の登竜門といわれる東京・新宿のショーレストラン「そっくり館キサラ」の関根和久店長(42)は「猪木さんのカリスマというか、人をひきつけるエネルギーでしょうね。芸人さんも猪木さんが好きで、魅力をどう表現しようか研究しているのが伝わってくる」と分析。「猪木さん自身も(ものまねを)大らかに笑ってくださっているので、ものまねの世界にたずさわる者として、すごくうれしいです」と語る。
「猪木さんが好き」という芸人がいる限り、新しいタイプの猪木ものまねも生まれ続けていきそうダー!
※この記事を読んで、近所の本屋で、前々から気になっていた『アントニオ猪木語録』(扶桑社)購入しちゃいました。元気ですか一日一叫びをモットーに過去の猪木語録が365日分満載です。ちなみに、本日、6月24日の言葉です。
「自然流、自然のままですよ」
この言葉が出たのは、1974年6月26日のタイガー・ジェット・シン戦の直前インタビューだった。新宿伊勢丹前襲撃事件など、リングの内外でクレイジーな話題を振りまいているシンとの一戦を前にして、「生きるか死ぬかの闘いになっても正々堂々と闘うか?」と記者に問われてのコメントであった。もし、相手が殺す気ならこっちもその気でいく、というどんな流れにも棹さしていける柔軟さが、人生においても大事だということを暗示しているようだ。
自然流だそうです。燃える闘魂 アントニオ猪木!にちなんで、自然流ならば、♪燃える男の~赤いトラクター~ アントニオ井農機でも?長々と、大変、失礼しました。
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>猪木いまだにブームが去りません。
そうですね。超ロングブームです。今でも、イベントで張り手をしてくれ!というファン多いみたいですね。
>あの我慢する姿がいいのでしょう。
相手の力を100%引き出して、120%で仕留めるレスリングが好感されたと思います。
>国会議員としてはさえませんでした。
確かに、スポーツ平和党の時はパッとしませんでしたね。
>井関と言えば、私が1度だけ運転した稲刈り機のメーカー!
あさっての投資家さんも「燃える男」だったんですねぇ~。
>アントニオ猪木と言えば、最も多くの人に真似されたのでは?
それだけ、人々の印象に残り、愛されているんでしょうね。
そうですね。幅広い世代にアントンは愛されてますね!
>猪木イズムじゃないですか??
というか俺も「道」の詩を鉄砲隊の日記でだしちゃったので、
鉄砲長も「迷わずいけよ!いけばわかるさ」の心意気が!素晴らしい!
>これほしいぃー(^^♪
いいですよーん!買ってみて!
あの我慢する姿がいいのでしょう。
国会議員としてはさえませんでした。
そんな思い入れのあるメーカーを日記で取り上げる人がいたなんて!
…と思ったら(笑)
アントニオ猪木と言えば、最も多くの人に真似されたのでは?
それだけ、人々の印象に残り、愛されているんでしょうね。
元気ですかぁ!| ゜д゜|ノ1っ!2っ!3っ!ダー!!
> 「特に練習もしてないけど、話し出すと自然に似ちゃうんです。好きで見ているうちに、体の細胞に入ってきた感じ」と話し、猪木さんのように「ムフフ」と笑った。
猪木イズムじゃないですか??
というか俺も「道」の詩を鉄砲隊の日記でだしちゃったので、
行けばわかるさーコノヤロー(笑)
ってな感じで(^^ゞ
>前々から気になっていた『アントニオ猪木語録』(扶桑社)購入しちゃいました。
これほしいぃー(^^♪
>どんな流れにも棹さしていける柔軟さが、人生においても大事だということを暗示しているようだ。
私もそう思うんですよね(^^ゞ