ビッグバン2011さんのブログ
不祥事というもの
企業の不祥事、公務員の不祥事、政治家の不祥事と、不祥事ネタが途切れることはない。
次々と報道されるこれらの不祥事を見ていて、国民は、「またか」と鈍感になっていくのか、日本の国は腐っていると絶望するのか。
体の健康を保つためには、怪我や病変に対して治療をしなければならないが、私は、不祥事の摘発と対策は、体の健康を維持するための作用のように思う。
全身のどこかに悪いところがあれば、早く発見し、摘出し、治療をしないといけない。
根本的に腐ってしまうと、こういう治療も効かなくなる。
官民を問わず、組織のいろいろなところで、問題が発生している。見つけて、摘出して、治療して、今後の予防をする営みが大事だ。
きちんとそういう作用が機能している組織に対しては、社会は叩くばかりでなく、その営みを評価してやらないといけないだろう。病は起こるものであり、むしろ問題は治癒力があるかどうかだ。
社会は隠蔽を許してはいけない。白日の下に晒して、きちんとした治癒がなされているかを監視し、評価する。一方、当該組織はきちんと公表し、治癒力が機能していることを社会に示す。
叩くこと自体を喜んだり、叩かれるのが嫌だから隠すというのは最悪だ。
nyajyaraさんへ
氷見事件、高知白バイ事件、どちらも知りません。
大高正二さんの逮捕事件も知りません。
ところで、ちょっとしたいざこざで、仮に相手の手が体のどこかにあたった場合、医者に行って、「痛い」と言えば、治療期間が1週間という診断書は簡単に出るようです。その診断書をつけて、警察に被害届を出せば、相手は暴行罪で取り調べを受け、最悪は送検、起訴、有罪というところまで行ってしまうのでしょう。
冤罪事件は、闘いです。ひとたび起訴をすると、検察は総力をあげて有罪を勝ち取ろうとします。
罪を着せられた側は、微力です。
日本は有罪率が99%とか。
マスコミが注目しないと、世間の関心が向くことも少ないでしょう。
むしろ、マスコミは、裁判で有罪になっていなくても、犯人扱いで報道します。松本サリン事件の河野さん、郵便不正事件の村木さんなど、途中までは犯人扱いされていました。
また、普通の人は、優秀な弁護士がついてくれるとも限りません。
身に覚えのない罪で起訴された場合、微力であろうが、戦うしかありません。
こんにちにゃ。
日本人は政治にも、不祥事にも、他人のことにも、基本的に関心がありません。
例えば、氷見事件を知っている人が、みんかぶにもどれだけいるでしょうか?
この事件は完全なる冤罪事件です。あとから真犯人が逮捕されているのですから。
現在も柳原浩氏は、富山で裁判をしているそうですが、「どうして自分が逮捕されて犯人にされてしまったのか?」を明らかにして欲しいと望んでいますが、検察側はだんまりをきめているとか。
それから、高知白バイ事件にしても、バスにぶつかってきたのは白バイ隊のほうで、バスに乗っていた子供たちや親がそれを証言しても、警察や裁判所は全くそれを採用せず、片岡晴彦氏(バスの運転手)が悪いことになり、勾留されました。現在再審請求を起こしていますが、警察は白バイ隊員が悪いことにしたくないのと、この隊員に退職金を払うために、道路の痕跡を捏造して、片岡さんが過失を起こしたことにしているのです。
大高正二さんのでっちあげ逮捕も、杉田憲治という裁判所の職員が大高氏に頭を殴られたと、その上司が被害届を丸の内署に出しましたが、杉田憲治という裁判所員を診察した医者はこぶもなかったが、本人が痛いというから「過料1週間」という診断書を書いたと裁判で述べています。
大高氏はこの件で1年1ヶ月もの間勾留されていました。現在仮釈放中ですが、仮釈放も1年経ってやっと認められました。大高氏は丸の内警察と裁判所を批判していたから、うるさい蝿を追い払うべく、事件をでっち上げたのです。
ところが、こういう冤罪事件をどれだけの日本人が感心を持っているかとなると、ほとんど他人のことなので、感心を持っていません。
報道も高知白バイ事件に関しては、バンキシャが取り上げてくれましたが、それ以外はなかなか取り上げてくれません。
政治は、小泉首相になってから、多少政治に感心を持つようになりましたが、それ以外の事件などは、ほとんど日本人は感心を持ちません。
自分が当事者(被告、原告)になって初めて、裁判制度の矛盾に気がつく有様なのです。
これが真実。
日本人の国民は、平和ボケしていて、フランス人とかアラブ諸国のようなデモや暴動も起きない。ある意味去勢された人間の集まりなのです。