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西瓜で思う事(6.7.24)9時42分

(今日は、得にありません。8304あおぞら銀行、1301極洋、いずれも、買い場だと思いますが。)


  スイカを食べて、思うことがある。それは、スイカは、小さい頃は高級品で、1年に一度しか、食べられなかった。生家は農家である。しかし、スイカを栽培すると、大体、盗まれてしまう。そんな理由もあった。


食べる日は、8月16日の送りお盆の午後、2時頃だった。午前中から井戸の中に、スイカを吊るしておく。これが、結構冷えるのである。そして、家族全員集まり、一つのスイカを、包丁で切り食べるのである。皆黙って、食べる事だけに、集中している。

 

 食べ残った、白い部分は、牛に食べさせる。牛も、結構、うまいのか、よく食べる。無駄が少しもない。

 

 その16日の「送りお盆」の日は、村では、午前に、「里いも」の葉に、茄子の馬に、食べさせる餌を置く。餌は、これも茄子、キュウリ、人参である。

茄子の馬は、茄子に足は小枝を4本突き刺し、尻尾はトウモロコシの茶色の髭で、尻尾とした。農家なので、材料には、困らなかった。

 

 そして、先祖の送り火は、稲藁の上を縛り、下を広げて倒れない様にして、マッチで、新聞紙に火を点け、稲藁を燃やすのである。本来ならば、夕方やるべき事を、農作業が有るので、午前中に、済ませてしまうのである。

 

 中学生の時、小玉スイカを、屋敷の畑に作ったことがある。40コくらいできたろうか。中学の友人に、食べさせた、記憶がある。


中学生の頃から、終戦後の、貧乏生活から、高度経済成長期になる前兆で、何となく、豊かになったと感じた。つぎはぎだらけズボンを、はいている子供が、いなくなった頃である。この頃は、衣服に付く「しらみ」もいなくなった。

 

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3件のコメントがあります
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    kouboudaisiさん
    2024/7/24 17:53
    何時もお世話になっております。
    >中学生の時、小玉スイカを、屋敷の畑に作ったことがある。40コくらいできたろうか。中学の友人に、食べさせた、記憶がある。
    私の家は中高生の頃は会津若松市にありました。父親は下級の国家公務員でけっして裕福ではありませが、生活に困ると言う事はありませんでした。当時は西瓜やプリンスメロンをよく食べておりました。ところが、今では西瓜やアンデスメロンは鰻の蒲焼きと同じく高級品です。何時になったら食べる事ができるのでしょうか!?いい年をして、子供の時より貧乏な生活をしております。


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    堅実さん
    2024/7/24 12:47
    風車の弥吉  さんへ

    「スイカ泥棒は、赤城山からやってくるんでしょうか。(笑)」

    まあ、この辺は70年も昔の話です。
    赤城山や、中禅寺湖からは、今、「赤とんぼ」が、前橋に来て、飛んでおります。夏の使者です。
    それと、雷が2日、続けてありました。
    雷、3日と言いますので、今日も、ありそうです。
    本格的な、夏になりました。


  • イメージ
    風車の弥吉さん
    2024/7/24 10:39
    こんにちは。

    スイカ泥棒は、赤城山からやってくるんでしょうか。(笑)

     ここで一句

     先生が 瓜盗人で おわせしか  季楽庵

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