―日銀の金融政策転換で見直される超割安な銘柄群、アクティビストも新たな思惑生む―
東京株式市場に流れ込むマネーの波紋が変わりつつある。これまで相場の花形として全体指数の押し上げに貢献してきた 半導体関連セクターに利益確定売りの動きが目立ちはじめ、これが日経平均株価の上値の重さにつながっている。ただ、投資マネーが東京市場から逃避しているわけではない。再びグロース株からバリュー株へのグレートローテーションが起きている。低PBRでも万年割安に放置されるような要素に乏しく、静かにダイナミズムを宿す企業は今の東京市場には数多く存在している。PBR1倍割れでなおかつ高配当利回り、あるいは低PERで存在感を放つ銘柄に投資資金が食指を動かしている。
●世界に吹き始めた利下げの涼風
東京市場は6月に入ってからも方向感の定まらない相場で、日経平均はボックス圏でもみ合いが続いている。上下にボラティリティこそ高いものの、3万9000円台にザラ場で乗せても、大引けには潮が引くように3万8000円台に押し戻されるパターンが続く。週末7日時点で、終値では11営業日連続して3万8000円台での着地となっている。
世界に目を向けるとインフレ懸念がようやく後退し、各国中央銀行が利下げのカードを切り始めた。先進国の先陣を切ってカナダ中銀が政策金利の引き下げを決めたのに続き、今週6日に行われたECB理事会でECBは4年9カ月ぶりに0.25%の利下げを決定した。一方、米国でもここ経済指標が相次いで景気減速感を示す内容となっており、FRBによる利下げもいよいよ現実味を帯びてきたといってよい。グローバルベースでみて株式市場にとってようやく心地よい風が吹き始めている。
●日本は周回遅れで金利上昇局面へ
ただし日本の場合、株式市場を取り巻く環境は他の先進国とは少々異なる。これまで世界で唯一のマイナス金利環境が株式市場の相対的な割安感を醸してきたが、日銀は今年3月の金融政策決定会合でついにその政策を修正した。マイナス金利の解除と、イールドカーブ・コントロール(YCC)撤廃を決め、金融政策正常化に向けて舵を切った。テコでも動かなかった国内10年債利回りも呪文が解けたように中空に舞い、直近では1%台に突入、5月末には1.100%まで水準を切り上げる場面があった。
世界の中銀がインフレ抑制に腐心しドラスチックな利上げが続くなか、日本では日銀の大規模金融緩和政策が続いた。皆が上り路線で一斉に車を飛ばすなか、日本は一人でガラガラの下り路線を走っているような構図だったが、今はその真逆のパターンに入りつつある。現在、10年債利回りは「たかが1%されど1%」であり、これから先ゆっくりであっても日銀はアクセルを踏み続ける可能性が高い。
金利上昇局面でグロース株への買いは続かない。これはマーケットの不文律であり、高PER、高PBR株には向かい風が強まる。仮に日銀が次回6月13~14日に開催する金融政策決定会合で国債買い入れの減額を決め、更に7月30~31日に開催する金融政策決定会合で追加利上げに踏み切る場合、バリュー株への資金還流が本格的に起こる公算が大きい。ここ最近、米国株市場でエヌビディア
●「資本コストや株価を意識した経営」が再脚光
バリュー株シフトの動きを別角度からみると、最近マーケットの視線から外れていた東証による企業への経営改善要請のテーマに再び光が当たる。昨年3月に東証が「資本コストや株価を意識した経営」を要請、今年4月時点でおよそ7割の企業(プライム上場企業ベース)がこれに対応した経営計画を開示もしくは検討中という状況にある。具体的には株価が会社の解散価値であるPBR1倍を下回る企業は、成長投資や株主還元によって少なくとも、この1倍の壁を突き破るような取り組みが求められる。これについては、企業努力がそのまま株高誘導となりやすく、東証の号令は日本株大復活の契機となったことは記憶に新しい。
また、ここにきて外資系ファンドの東京市場での存在感が高まっている。いわゆるアクティビスト(物言う株主)が、PBR1倍割れ企業の大株主となり、株主還元などを要求する動きだ。直近でマーケットの耳目を驚かせたのは、英メディアが報じたソフトバンクグループ <9984> [東証P]に対するエリオット・マネジメントの自社株買い要求である。ソフトバンクGはPBR1倍割れ企業ではなく、もちろんバリュー株の範疇でもないが、このような株式を買い集め大株主となって当該企業の株式価値を高める提案を行うという事例が相次いでいることが、バリューセクターの経営改革に向けた動きと相乗作用をもたらしている。
●成長への取り組みが低PBR是正の本命
低PBRに放置された銘柄が、そこから脱却を図るために何をするべきか。端的に言えば株価を上昇させることだが、経営努力をすることなしに株価に浮揚力は働かない。資金を内部留保で眠らせず、株主価値を高める方向に自己資本を活用していくことが求められる。株主還元、つまり増配や自社株買いを行うことは、PBRの分母である自己資本を少なくすることで数値を引き上げるいわば特効薬であり、同時に株価にも上昇効果をもたらす。
しかし、企業の本来あるべき姿として、株主から集めた資金がダブついているから株主に返す、というのではなく、成長投資の原資として有効に使い会社を大きくする方が道理にかなっている。東証がこの成長投資の概念を重視する方針にあることも伝わっている。
●バリューシフトで輝き放つ10銘柄を追う
今回のトップ特集では、日銀の金融政策正常化が前倒しされるとの思惑が広がりつつあるなか、バリュー株シフトの流れに乗る銘柄にスポットを当てた。中には高値圏を走っているものもあり、その場合は押し目を待つ冷静さも必要だが、PBRなど投資指標面に着目すれば、それが勢いだけで買われているものではないということが分かる。割安さと材料株特有の需給妙味を内包し、日を追って株価の上値余地が膨らんでいる10銘柄を厳選エントリーした。
◎三菱製紙 <3864> [東証P]
三菱紙は製紙業界の中堅でコート紙では高い商品シェアを誇り、感光材など機能材料にも展開する。筆頭株主は業界最大手の王子ホールディングス <3861> [東証P]だ。業績面では製品価格値上げに伴い利益採算が改善、生産合理化やコスト削減努力などを背景に24年3月期の営業利益は前の期比5.6倍と変貌を果たしたが、25年3月期も同48%増の80億円と更に1.5倍化する見通し。今期配当は10円を予定するが、有配企業でPBR0.3倍台は極端に低い評価といってよく会社側も株価意識の高い経営に取り組むことで、株価の見直し余地の大きさが今後浮き彫りとなりそうだ。株価は5月につけた年初来高値801円奪回から4ケタ大台を目指す展開となっても全く違和感はない。
◎カーリットホールディングス <4275> [東証P]
カーリットHは化学品メーカーで、産業用部材や飲料水などのボトリングも手掛ける。半導体シリコンウエハーの製造を行うほか、爆薬やロケット推進薬も製造していることで、半導体関連、防衛関連、宇宙関連などの一角として幅広い人気化素地を持っている。成長投資に積極的に取り組むとともに株主還元も抜かりなく、総還元性向30%を前提に利益還元に努める計画を標榜している。24年3月期は営業27%増益を達成し、続く25年3月期についても同利益は前期比13%増の38億円と2ケタ成長を継続する見込みで連続ピーク利益更新となる。収益成長路線を快走する一方で、PER10倍近辺、PBR0.7倍台、3%近い配当利回りとバリュー株の要素をフルスペックで内在させている。
◎ベルーナ <9997> [東証P]
ベルーナは衣料品を中心とするカタログ通販の大手で、ネット通販にも展開する。比較的高い年齢層の女性をメインターゲットとしており、衣料品以外にもグルメや生活雑貨、家具など幅広い商品エリアをカバーしている。また、ホテルなど不動産事業にも展開を図っている。24年3月期は減収減益決算だったが、25年3月期は回復色を鮮明とする見通し。売上高は前期比4%増収の2170億円、営業利益は同18%増の115億円予想と2ケタ成長を見込んでいる。年間配当は前期実績比8円50銭の大幅増配となる29円を計画しており、4%近い高配当利回りは魅力。株価は新値圏にあるが、PER9倍弱で0.5倍近辺の低PBRは水準訂正途上であることを強く示唆している。
◎東京鐵鋼 <5445> [東証P]
東京鉄は建築用棒鋼を主力とする電炉メーカーで、高付加価値商品への注力で収益体質向上を進めている。同社の看板製品は、高強度かつ表面の節がネジ状となっている圧接不要の「ネジテツコン」で、専用の継ぎ手を使うことによって専門的な技術を必要とせずに鉄筋同士を接合できる。超高層建築向けなどで高水準の需要を獲得している。24年3月期は経常利益段階で前の期比2.3倍となる114億1200万円と急拡大、過去最高利益を更新した。25年3月期はその反動で減益を見込むが、PER7倍前後、PBR0.8倍台と評価不足が目立ち、4.4%前後の高配当利回りも魅力となる。株価は目先動意含みだが、3月8日の年初来高値更新から中勢6000円台活躍を見込む。
◎富士石油 <5017> [東証P]
富士石油は石油元売り中堅で、海外から輸入した原油を精製しガソリンなどを生産する石油精製専業。原油開発のアラビア石油と富士石油が統合して発足した。24年3月期は原油市況上昇を背景に石油製品の利幅が拡大し、営業利益が前の期比3.2倍の161億9900万円と変貌した。その反動で25年3月期は4割減益を見込むなど保守的だが、それでもPERは5倍台でPBRは解散価値の半値以下である0.4倍台と水準訂正余地の大きさが際立つ。なお、出光興産 <5019> [東証P]と資本・業務提携を行い、同社は出光興産の持ち分法適用会社となる見通し。株価は今から18年前の2006年4月に2550円の上場来高値をつけたが、時価はその5分の1の水準でお買い得感がある。
◎高周波熱錬 <5976> [東証P]
ネツレンは燃焼を伴わない電気を熱源とした鋼材焼き入れ(誘導加熱)による加工を手掛け、自動車部品向け熱処理加工などで優位性を発揮する。プレストレストコンクリートに用いられる高強度のPC鋼棒で抜群の実績を有している点も特長。施工性と耐久性に優れた「プレグラウトPC鋼棒」は現場工数を減らし工期の短縮に貢献している。25年3月期は営業利益が前期比23%増の20億円と急回復を見込んでいる。PERは24倍台とやや高めながら、PBRはわずか0.6倍台で、しかも今期年間配当は50円(前期実績は49円)を計画し、配当利回りに換算して4.6%台と高い。3月27日につけた年初来高値1156円を通過点に一段の上値余地が広がる。
◎トクヤマ <4043> [東証P]
トクヤマは化学品やセメントなど建設資材を手掛けるほかエレクトロニクスにも展開し、半導体用シリコンウエハーの材料となる多結晶シリコンでは世界でも上位の実力を持つ。24年3月期は化学品やセメントの価格引き上げ及び製造コスト低減努力などが寄与して営業利益段階で前の期比79%増益を達成、続く25年3月期も半導体市況の回復を背景に多結晶シリコンなどが収益貢献し、前期比29%増の330億円と高水準の伸びが続く見込み。今期のEPSは350円近くまで伸びる見通しで、PER換算で8倍台と割安感が強い。PBRも0.8倍台で1倍復帰が当面の目標に。株価は5月以降、調整色を強めていたが13週移動平均線を足場に切り返しが期待できる。
◎淀川製鋼所 <5451> [東証P]
淀川鋼は独立系の圧延メーカーで溶融亜鉛メッキ鋼板を主力展開する。業績は24年3月期の営業5%減益に続き、25年3月期も8%減益の111億円を予想。国内の建材向け鋼板が冴えず、海外も景気減速感の強い中国向けが低調。ただ、一方で生産管理体制のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し利益率改善に取り組んでおり、早晩業績底入れに向かう公算大。株主還元に前向きな姿勢も評価され、今期の年間配当は309円と大幅増配を計画し、配当利回りが5.7%前後と高水準。また、アクティビストのストラテジックキャピタルが同社の株式を5%超保有しており、現状のPBR0.8倍台を1倍以上に引き上げる経営努力に拍車がかかるとの思惑も。
◎安田倉庫 <9324> [東証P]
安田倉は首都圏中心に展開する旧財閥系の倉庫大手で、物流システムに強みを持っており、外資系の取り扱い実績も豊富。また、ビル賃貸やホテル・商業施設開発など不動産事業も展開している。業績はトップラインの着実な伸びが評価され、2000年3月期以降、24年3月期までの25年間で減収となったのはわずかに2期しかない。25年3月期も7%増収を予想し過去最高更新が続く見通し。今期営業利益は前期比6%増の28億円を見込む。株価は既に上場来高値圏を邁進中だが、一株純資産が3224円(前期実績ベース)あり、換算されるPBRは0.5倍近辺と株価の評価不足が際立つ。見直し買い途上の5合目にあり、中期2000円台指向と強気にみておきたい。
◎ダイニック <3551> [東証S]
ダイニックは書籍用クロスと染色を祖業とし、コーティング技術を応用して自動車内装材やプリンターリボンなどの情報関連製品、不織布、壁装材といった広範囲の製品を手掛ける。地味な業態ながら高い商品技術力を強みとし、高性能水分除去シートやカーボンナノチューブ導電性塗料などイノベーション素材でも実績が高い。足もとの業績は利益率が改善し急回復トレンドに入っている。25年3月期営業利益は前期比37%増の17億円予想と急拡大、リーマン・ショック前の08年3月期以来、17期ぶりの水準を回復する見通し。PER5倍台でPBRは何と0.2倍台だ。今期年間配当は前期比5円増配の30円(前期実績25円)を計画するが、来期以降の株主還元強化にも期待。
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