―ジャクソンホール会議で米利下げ予告、円高懸念下での投資戦略を考える―
8月の東京株式市場は近年まれに見る鉄火場となった。乱高下の背景として、日本銀行による予想外の利上げが挙げられる。以前から日米の金融政策は方向が真逆であり、米連邦準備制度理事会(FRB)は、今年6月に利下げを実施した欧州中央銀行(ECB)などに追随するとみられていた。一方で日銀はようやく利上げである。低金利から高金利に流れるマネーの性質を考えると「低金利の円安・高金利のドル高」は期待しにくく、これまでの円安傾向から、むしろ円高が懸念されている状況にある。
●日銀の利上げ後にボラティリティ急上昇
日銀による利上げを機に「円キャリートレード」の巻き戻しが起き、ドル安・円高とともに日米株安の圧力が強まった。キャリートレードとは、低金利通貨で資金を調達して高金利通貨などに投資する取引であり、円キャリートレードの投資先には米ハイテク株や日本株も含まれていたようだ。予想外の利上げは市場のボラティリティ(予想変動率)も上昇させた。下降トレンドが明確になると、商品投資顧問(CTA)などのトレンドフォロワーが売りに動くこととなる。ボラティリティが一定水準以上になると、ポジションを閉じるようにプログラムされているクオンツ系ヘッジファンドも存在する。ファンド全体のボラティリティを一定に保つリスクパリティ・ファンドも同様である。ボラティリティの上昇は円キャリートレードの巻き戻しに拍車を掛ける要因にもなる。
キャリートレードで得られる金利差はわずかである。金利差以上に市場が揺さぶられるのであれば、キャリートレードができる環境ではない。米商品先物取引委員会(CFTC)が公表する通貨先物ポジションをみると、7月2日時点では非商業部門(投機筋)の円ポジションは18万4223枚の売り越しと、過去最大級とされる水準まで膨らんでいた。8月13日時点では一転、2万3104枚の買い越しとなっている。同ポジションは円キャリートレードの規模を反映するとされており、ポジション変更に伴う大量の円買いが起きたとみられている。
米国でリセッション(景気後退)懸念が台頭したことも市場心理を揺さぶった。8月2日発表の米7月雇用統計で、失業率が「サーム・ルール」を満たし、景気後退入りを示唆することとなった。1960年以降に米国で起きた全てのリセッションを正確に言い当ててきたルールである。これによりFRBによる利下げ機運が一気に高まり、CMEフェドウォッチによると年末までに0.5%の利下げが行われるとの市場の見立ては一時1.0%へと傾き、米10年債利回りは4%を割り込んだ。米金利の低下は米株にとって朗報である。配当割引モデル(DDM)で理論株価(=予想配当金/期待収益率)を算出する際の期待収益率は、市中金利によって左右されるからだ。しかし、景気後退は配当金の減少を懸念させる要因であるため、米株にとって悲報となる。
米主要株価3指数は急落前の水準に戻し、日本株も半値戻しを達成した。だが一度荒れた市場心理が修復するには時間を要するものだ。コロナショック後の日経平均株価がショック前の高値を上回るまで8カ月以上かかった。しばらくは波乱を癒す地合いとなり、再び市場心理を揺さぶるような事態が起きない限り、上下の振幅を小さくしながら落ち着きどころを探る展開となると予想される。
●リスク要因山積のなか好業績銘柄の物色機運高まるか
今後の注目イベントとしては、まず米連邦公開市場委員会(FOMC)と日銀の金融政策決定会合である。FRBのパウエル議長は、23日のジャクソンホール会議の講演で「政策を調整する時が来た」と語った。どのタイミングで、どのくらいのペースの利下げを実施するかはデータ次第としながらも、市場関係者は9月に利下げを開始との確信を強めている。
半面、日銀は7月の金融政策決定会合後、植田和男総裁が更なる利上げに前向きな姿勢を示した。株価暴落後に内田真一副総裁は「金融市場が動揺する場合には利上げをしない」と発言している。国会閉会中審査として開かれた8月23日の参院財政金融委員会で植田総裁は「私と内田副総裁に(考え方に)違いはない」としながらも、金融環境は今も緩和的であるとの認識を改めて示した。FRBと同様に政策調整のタイミングとペースはデータ次第であり、場合によってはマーケット次第ということなのだろう。
米国の経済指標、特にFRBが重要視するPCEコア(価格変動の激しいエネルギーと食品を除く個人消費支出)価格指数などの物価統計や、雇用統計も市場を揺さぶる要因となるだろう。11月5日の米大統領選挙と中東情勢からも目を離すことはできない。前者について、一般的に投開票の1カ月前辺りの状況が結果に反映されやすい、と言われている。後者に関しては、武力衝突が本格化すれば、原油価格の高騰からインフレ懸念が台頭し、米国で利下げが難しくなるシナリオが想定される。
日本株の動向を考える上で最も重要なのは国内上場企業の業績である。日本経済新聞によると、8月13日までに発表された東証プライム市場上場約1060社(親子上場など除く)の25年3月期の純利益は前期比1%減となる見通しだ。3カ月前には2%減益見通しだったことから改善傾向にある。そして4~6月期の純利益は前年同期比10%増と、同期間として2年連続で過去最高を記録し、通期計画に対する進捗率は30%と前年同期より3ポイント高い。
となると、10月下旬から発表が本格化する中間決算では、通期見通しの上方修正が期待されることとなる。日本企業は期初に控えめな業績見通しを発表し、中間決算発表時に上方修正する傾向がある。企業側の見通しに比べて市場側の見通しは強気なものとなっているが、こうしたギャップは中間決算の発表前後で市場側に寄せて修正されることが多い。更に、日銀による6月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、今年度の事業計画の前提となっている想定為替レート(全規模・全産業)は1ドル=144円77銭となっている。これ以上の円高にならない限り、10~12月期には業績の上方修正を織り込む相場がありそうだ。加えて、季節アノマリーから年末の株価は「掉尾の一振」になりやすい。
●年末に向けて上昇が期待される地合いから探る物色対象
年末に向けた日本株の上昇が期待される地合いから物色対象を考えた場合、まずは日経平均の構成比率が高いファーストリテイリング <9983> [東証P]、KDDI <9433> [東証P]、信越化学工業 <4063> [東証P]、ダイキン工業 <6367> [東証P]が挙げられる。国内金利が上昇基調ということであれば、三菱UFJフィナンシャル・グループ <8306> [東証P]や三井住友フィナンシャルグループ <8316> [東証P]、みずほフィナンシャルグループ <8411> [東証P]などのメガバンクや地銀各行も注目されることとなるだろう。
円高シナリオや年後半に期待される賃上げの効果を踏まえると、外需系のハイテク株よりも内需系や消費系のセクターの好業績ぶりが際立つことが予想される。ニトリホールディングス <9843> [東証P]や、東京電力ホールディングス <9501> [東証P]など電力各社に目を向けたい。
4~6月期の進捗率が過去との比較で高い銘柄も要注目と言えるだろう。過去5年間平均の4~6月期進捗率を上回って着地した銘柄をピックアップすると、内需系ではまず西武ホールディングス <9024> [東証P]が挙げられる。4~6月期の経常利益は前年同期比41.7%増の195億7800万円で、通期の計画に対する進捗率は約56%。ホテル・レジャー事業が好調に推移している。
海外向けの配信権販売が好調な東映アニメーション <4816> [東証S]は4~6月期の経常利益の進捗率が通期計画に対し約35%。市場では「ワンピース」劇場版の新作に関する発表があった際に、株価に上昇ドライバーが掛かるとの期待もあるようだ。リログループ <8876> [東証P]の4~6月期の税引き前利益進捗率は約55%。持ち分法適用会社だった日本ハウズイングに対する米ゴールドマン・サックス・グループ
ゼリア新薬工業 <4559> [東証P]も4~6月期の経常利益進捗率が約55%。ユーロや英ポンドに対するスイスフラン安に伴う為替差益が発生するなか、北欧などでの潰瘍性大腸炎治療剤「アサコール」の販売が好調に推移している。不二製油グループ本社 <2607> [東証P]は植物性油脂事業が東南アジア向けの販売数量が増加し、業務用チョコレート事業での販売価格の上昇などの効果もあり、4~6月期経常利益の進捗率は約41%。電線大手の一角であるSWCC <5805> [東証P]は電力インフラ向けの高収益案件の特需を支えに、4~6月期経常利益の通期計画に対する進捗率は約36%となっており、各社とも業績上振れの期待が高まった状況にあると言えるだろう。
株探ニュース
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