―騒ぎすぎの米国バブル破裂論―
大波乱の2022年前半を終えた。前半のパフォーマンスは、TOPIXは▲5%とS&P500の▲20%に比し堅調だったが、ドルベースでみると▲20%と米国並みの下落であった。
ほぼ世界株価は今年前半で底打ちしたのではないか。後半から2023年にかけて波乱は残りながらも、徐々に堅調になっていく公算が大きい。米国株は年間では▲10~0%とマイルドな落ち込みになっていくものと思われる。いまは絶好の投資場面かも知れない。
なぜ、希望が持てるのか。今後3つの好材料が期待できる。(1)インフレピークアウト、(2)利上げ一巡感の醸成、(3)FRB(米連邦準備制度理事会)は良いインフレを殺さない、である
(1)インフレは確実にピークアウトする
複雑骨折のインフレ、前例は当てはまらない
第一に、インフレの鎮静化が見込まれる。いまのインフレは極めて特殊、異なるいくつかの要因が重層的に高インフレをもたらした。それが一度に積み重なった複雑骨折型のインフレだ。かつてのインフレ論を一般的に当てはめるのは間違いであり、1970~80年代のスタグフレーションが再燃する可能性はほとんどない。また、「景気過熱による賃金上昇がインフレの原因、景気を冷やすことが必要だ」という一般論を、軽々に当てはめることは危険だ。
サプライチェーン要因は今後物価下落要因に
インフレの第一の原因は、サプライチェーンの混乱である。CPI耐久財指数が前年比17%も上昇したことはかつてなかった。そもそも耐久財は米国でも日本同様に長期的に下落することが常態、それが急上昇した。典型が半導体不足による自動車の大幅な減産である。供給難から新車・中古車価格が急騰した。また、コロナ禍の下での巣ごもり需要でPC・スマホなどハイテク機器需要が急増し、価格上昇に拍車をかけた。
しかし、サプライチェーンの制約は今後緩和していく。港湾での船舶渋滞は急速に改善し、運賃が値下がりしている。また、巣ごもり需要の一巡でPC・スマホが生産調整に入り、メモリなど半導体価格が下落し始めている。加えて、ドル高によるCPI下落圧力が見込まれる。コアコモディティ(食料エネルギーを除く財)はCPIの21%ウェートを持っており、その8割は輸入品である。年間約3兆ドルの輸入があるが、ドルは既に前年比10%ドル高になっており、それのCPIへの寄与は3000億ドルの価格下落、CPI全体を約1.5%引き下げる。
インフレの第二の理由は、戦争による原油・ガス・穀物価格の高騰だが、これもピークアウトする可能性が高い。ロシア禁輸の代替エネルギーが模索され、ドイツでの石炭火力の増産、LNG(液化天然ガス)輸入、EU(欧州連合)での原発稼働強化、サウジなどでの原油増産が追及されている。バイデン氏の7月中東歴訪は、米国エネルギー政策の供給重視への転換を示唆する。他方、ロシアからのガス・原油供給はインド・中国向けへの輸出先シフトにより大きくは減少しない。供給は増え、世界の成長鈍化により需要は軟化する。いま急騰している米国のCPI非耐久財指数もピークアウトしていくだろう。
賃金上昇率、減速明確に
インフレの第三の理由は、賃金上昇。インフレによる購買力低下を補填するための賃金上昇は2021年後半から加速していたが、前月比ベースでは鈍化してきた。最も広く観測されている平均時給(Average Hourly Earnings)ははっきりとピークアウトしたように見える(例外は建設業)。前月比推移は、21年9月(0.5%)、10月(0.6%)、 11月(0.4%)、12月(0.5%)、22年1月(0.6%)、2月(0.1%) 、3月(0.5%) 、4月(0.3%)、5月(0.4%)、6月(0.3%)となっている。
消費者心理の悪化、株価などの資産価格下落が効果を示し始めたとも考えられる。株価は年初ピークから25%下落し、株式時価総額は42兆ドルから32兆ドルまで10兆ドル減少した。同様に、仮想通貨時価総額が2.9兆ドルから0.9兆ドルへと2兆ドル減少、合計12兆ドルの富が失われた。資産効果は3.2%と計算されているので、それによる消費需要減は4600億ドル、GDPを約2%押し下げる。
いわば利上げの脅しだけで株価が下落し、自動的景気抑制(Automatic stabilizer)が働いていると見ることができる。ミシガン消費者信頼感指数の極端な落ち込みは、そうした心理の悪化を大きく投影している。
これらを総合すると、今年後半以降、物価データが顕著な上昇率低下を示すことになるだろう。
(2)金融市場はFRB引き締め一巡を予見している
インフレ期待及び長短金利はピークアウトした模様
6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では2022年末の政策金利3.4%、2023年末3.8%との想定が示された。これまでの累計利上げ幅は1.5%、FOMCは、年内にさらに1.65%~1.9%、2023年にはさらに0.4%の利上げを示唆していることになる。しかし、市場はそれを信じていない。米国の国債利回りは2年、5年、10年の全てですでにピークアウトしている。インフレが顕著に鎮静化すると予見し、FRBの利上げ中断を見越しているのである。国債利回りと物価連動国債(TIPS)との差で計算される期待インフレ率は、3月末の2年4.9%、10年3.0%がピークで、直近7月12日は2年3.2%、10年2.3%と大きく低下している。
米国長期金利のピークアウトはまたとない好材料
米国長期金利が3月末の3.5%でピークを打ち2%台まで低下してきたことをもって、景気失速を予見しているとの見方があるが、それはたぶん違う。むしろ、10年国債利回りがFOMCが予想する最終政策金利3.8%以下でピークを打ったとすれば、それはポジティブなことである。
長い間、弱気派は米国の長期金利低下が景気失速の前兆であると主張し続けたが、それは過去40年間、間違い続けた解釈であった。米国長期金利(10年国債利回り)は2000年頃以降、名目経済成長率を大きく下回るようになった。これこそが持続的経済成長と長期株高の根本原因であり、それが2022年のインフレ急騰と年前半の株価暴落の下でも継続している。景気と株価に強気になれる最も重要な条件と言える。
(3)なぜFRBは本質的にハト派なのか
米国株式に対して楽観的になれるより根本の理由は、米国で健全なインフレが起きており、FRBはそれを殺す過剰引き締めは行わないと考えられるからである。
米国経済の基本矛盾に対峙する米経済司令塔
米国経済は基本矛盾に直面している。「r1>g>r2(利潤率>成長率>利子率)」である。企業の超過利潤が金融市場に滞留し、歴史的低金利を惹き起こしてきた。これまでのところこの高利潤と低金利の組み合わせが株高を誘導してきたが、両社の乖離が際限なく広がれば経済は大恐慌に陥ってしまう。その根本的で望ましい解決策は、賃金の上昇による消費の拡大である。
なぜ賃金上昇が良いことなのか
いま起きている賃金上昇が良い賃金上昇であることは、3つの特徴から結論づけられる。(A)トラック運転手など低賃金のマッスルワーク労働者の賃金が上がっているが、高賃金の情報産業、公益産業、金融産業などでは下がっており格差が縮小している、(B)企業の求人難が続いている中で、労働者の自発的離職者数が過去最高になっているが、これは労働者が職を選んでいることを示している、つまり労働者のバーゲニングパワーが高まっている、(C)求人企業は価格転嫁能力がある企業であり、企業の超過利潤が賃金上昇に転換されることにより、消費が高まり成長率が上昇すると予想される、の3つである。
2016年頃より企業の単位労働コストが上昇し、労働分配率も底入れ反転し、その傾向がコロナショック以降も継続しているが、どちらも家計の労働所得を高めるもので、経済全体では大変ポジティブな動きと言える。米国経済の最大の問題は、企業部門や富裕層に超過利潤が蓄積され、それが実需に結び付きにくいことにあるが、それが是正されつつあるのである。
つまり、コロナ禍の経済困難の中で、良い賃金上昇が加速しているのである。
米国バブル破裂論などセンセーショナリズムの誤り
以上の良いインフレを米国の経済司令塔、財務省とFRBは熟知しており、オーバーキルはまず惹き起こさないと考えられる。
いままで米国の過剰金融緩和がバブルを作った、その咎めでバブル崩壊と深刻な景気後退が迫っている、とのセンセーショナルな見方は、的外れである。
(2022年7月14日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン309号」を転載)
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