日本産業復活の神風、円安がやってきた!! (2)

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最新投稿日時:2022/05/12 11:00 - 「日本産業復活の神風、円安がやってきた!! (2)」(みんかぶ株式コラム)

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日本産業復活の神風、円安がやってきた!! (2)

著者:武者 陵司
投稿:2022/05/12 11:00

<前編>から続く

(2)日本にハイテクの産業集積(つらら)を作るには円安は必須

産業集積とつらら

 産業集積はどのようにしてできるのだろうか。多くの製品は、特定の地域の特産となっている。そこにしかない天然資源、海山の珍味に由来するものもあるが、たいていはほとんど偶然の産物である。なぜ、デトロイトが自動車のメッカになったのか。それはヘンリー・フォードの出生地がデトロイト郊外のディアボーンであり、そこに最初の量産工場が作られたことに由来する。なぜ、シリコンバレーがハイテクのメッカになったかと言えば、スタンフォード大学出身の研究者・起業家たちがそこに拠点を作ったことから始まった。

 このような産業集積の勃興は、まるでつららが一冬かけて成長する姿に似ている。なぜ、雨どいの特定のところに巨大なつららが形成されるのだろうか。それは雨どいの突起かゴミの付着か何かの理由によって、最初の一滴がそこから垂れたことから始まる。二滴め以降も当然同じポイントから滴り落ちるので、やがて巨大なつららが形成されることになる。こう考えると、つららの生成には、1).最初の一滴、2).持続的な水滴の氷化を可能にする低温の二つが必須ということになる。

 産業集積を考えた場合、最初の一滴にあたるものが政策であり、低温の持続にあたるものが、有利な価格競争力を維持できる通貨安、となぞらえることができる。

 いま米国と西側諸国は、脱中国のサプライチェーンの構築を迫られている。また、各国は産業の頭脳ともいえる半導体自給の確保に躍起となっている。どうしても自国に産業のつららを作らねばならないとすれば、偶然ではなく政策によって確実に最初の一滴を垂らす必要がある。また、つららが早く確実に成長できるように、有利な為替レートの維持が必要である。

ハイテク技術の潮目到来+円安で日本復活のチャンスが来た

 日本ハイテク復活は、日本経済の失地回復にとって決定的に重要である。そして、いま進行中の円安により、日本復活の必要十分条件が満たされつつあるといえる。ハイテク中枢で負けた日本は、周辺底辺のニッチ分野を圧倒的に押さえており、世界のサプライチェーンのボトルネックが日本に集中するという特異なポジションにある。

 今また 半導体・エレクトロニクス産業は、潮目の転機を迎えている。1).半導体技術・微細化のさらなる進化・ブレークスルーの場面にあること、2).半導体を受容する基幹的エレクトロニクス製品もスマホからポストスマホへと変化していく転換期にあること、である。これまでのハイテクの勝者がそのまま勝ち続けることができるとは限らない。

 新エコシステムが必要となる時に、日本が次の時代の勝者になる条件があることは、これまでの分析から明らかであろう。

 改めて日本でのハイテク産業集積の再生(つららの形成)には、十分な低温つまり円安が必要だ、ということが分かるだろう。財政金融当局は、ミクロ産業の価格競争力の強化に資する円安堅持こそ必要だと、肝に銘じてもらいたい。

 いまの日本では台湾積体電路製造(TSMC)を中核として、ハイテク産業集積の再構築を図ることが喫緊の課題であるが、1ドル=130円の円安定着は、神風になるのではないか。

(3)補論、 大きな政府を必然とするハイテク産業の国家間競争

―ストラテジーブレティン284号 2021年7月13日発行より―

 現在のハイテク・半導体・ソフトウェアなどの先端分野では、自由貿易の原則が通用しないことを認識しておく必要がある。ハイテクなどの先端分野のコストの圧倒的部分は過去投資の累積額(R&D投資、販売網構築、事業買収)であり、賃金・インフレ・為替などマクロ経済要因が影響力を及ぼす変動費は微々たるもの、マクロ政策調整が全く効かない。一旦ハイテク強国になってしまえば、どんなに通貨高、賃金高になってもその競争力は奪えなくなる。これは履歴効果と呼ばれ、収穫逓増の原理が働く世界である。つまり、「Winner takes all」となり容易には破壊されない。

 国家資本主義の中国においては、国家的プロジェクトによるハイテク企業育成のパワーは、ファーウェイの急速な台頭に見るように絶大である。中国の極端な重商主義が圧倒的に有利に働いたため、対抗するにはトランプ政権が通商摩擦を引き起こす必然性があった。が、それでも不十分であり、バイデン政権は国家ぐるみの産業育成に乗り出しつつある。

 いまやファーウェイの強さは普通の市場競争では全く抑えられないところに来ているが、ファーウェイの台頭は中国の国家関与の好例であろう。なぜ、ちょっと油断している隙にこんなことになったのだろうか。ファーウェイの圧倒的開発投資に原因がある。過去10年間にファーウェイの研究開発投資は10倍(2009年19億ドルが2019年189億ドルへ)になったが、この10年間、他企業はほぼ横ばいという驚くべき実態がある。

 このファーウェイの圧倒的な研究開発投資は、国策による支援があったからとしか考えられない。政府支援の下で圧倒的な価格競争力を持ったファーウェイが、市場価格に基づく高コストの他企業を圧倒し、通信機産業全体の企業収益を破壊し、他者が全く対抗できない事態を引き起こしたことは明白である。国家資本主義によるソーシャルダンピングの典型例と言える。米国政府内では国産通信機企業育成の可能性が検討され、シスコ・システムズなど関連メーカーにエリクソン、ノキアの買収、あるいは資本参加を呼び掛けたが、シスコなどの米国メーカーは、それら企業は低収益でとてもではないが買収対象ではないと断ったと伝えられる。

 とうとう米国政府は世界最強の5G関連設備企業に飛躍したファーウェイを締め出すのみならず、他の多くのハイテク分野でも中国排除を推進し、中国を排除した新たなグローバルサプライチェーンの構築を進めようとしている。

 競争の土俵を同一にする(level playing field)には、米国も企業支援をしなければならないということになったのである。2020年代に入って世界的に一段と強まった脱カーボンの動きも、政府関与が決定的である。炭素排出に関して経済的ペナルティとアドバンテージを与え、特定産業・企業を支援することは、まさに民間に対する公的介入になる。

 そもそも 21世紀には牧歌的自由貿易説、比較優位説が成り立たない事情があったことが以下の点から指摘される。

1)コストの圧倒的部分が、固定費(=過去投資の累積額=R&D、累積設備投資、セールスフランチャイズ投資など)→履歴効果、収穫逓増の世界、容易には破壊されず、固定費は政策が決定的。

2)企業内工程間国際分業一般化→例えば米国のデータベースを素材として使い、シンガポールで製品として完成させ、日本のブランドとフランチャイズに乗せて欧州で販売するといった企業内の国際分業もあるだろう。このような分業の場合、各国間の仕切りで付加価値の国ごとの配分が変わる。圧倒的配分はHQ(本社所在国)に配分されるが、それは比較優位や、要素費用均等化の法則にはなじまない。

3)直接労働工程はいずれすべて無人化していく→製造工程編成のノウハウが鍵に、マザー工場の役割が決定的、などである。

 通商産業政策により国家が介入することの意義を、ノーベル賞を受賞したポール・クルーグマンの新貿易理論を紹介することで確認しておきたい。古典的自由貿易論の限界に対して、1980年代にクルーグマンの提起した新貿易理論は、国際分業と貿易発生の原因を、産業の地域集中がもたらす規模のメリットによってコストが低下すること(つまり収穫逓増)に求めた。そして特定地域に産業集積をもたらすものこそ、神から与えられた天性ではなく、後天的な第二の天性である、と考えた。

 第二の天性とは、偶然や政策などによって事後的に備わった特性であるが、それはあたかも遺伝子のごとく、最初は小さなものであっても、将来の発展を運命づけるものである。何が産業集積を導くきっかけになるか、シリコンバレーにはスタンフォード大学の存在と優秀な技術者を魅了する素晴らしい天候、自然があった。インドのバンガロールの場合、政策が決定的であった。デトロイトの場合には、自動車産業の創業者ヘンリー・フォードの故郷という偶然が自動車産業の地域集積をもたらした。

 そして、どの場合にも最初の一滴が重要であった。最初の微小な一滴がどこに落ちたのかで全て決まってしまう。集積の履歴効果がさらに効率を高め競争力を一段と強める。

 クルーグマンはハイテクのシリコンバレー、航空機のシアトルはたまたまルーレットが止まったところと称しているが、最初の一滴が、いわゆる外部性(externality)を著しく高め、企業同士や労働者、技術者が近接して立地するメリットをより大きくする。

 このように事後的な力が最初の一滴をもたらし将来の運命を決めるとなると、自由貿易ではなく管理貿易、通商政策、産業育成策などの政府の介入も時には必要となる。第二の天性を政府が介入によって付与する意義は大いにある、ということになる。この最初の一滴の効果が、ハイテク産業では極大化しているのである。

 こうした一連の議論は、市場メカニズム、つまり市場による最適資源配分には限界がある、ということを示している。

 以上検討してきたように、大きな政府を不可避とする決定的な事情が存在している以上、この趨勢は不可逆的なものである、と考えられる。かつて通産省主導の超LSI技術研究組合(1976~1980年)の成功は、日米通商摩擦時に大きな批判を浴びた。以降、財政赤字の増加もあって日本政府は産業技術支援に及び腰になってきたが、そのスタンスを大転換させる覚悟が必要であろう。

(2022年5月6日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン305号」を転載)

配信元: みんかぶ株式コラム

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