格差縮小は続くのか、鍵は財政金融支援の継続性にあり
それではこの賃金格差縮小のトレンドは今後どうなるであろうか。低スキル分野での労働需給ひっ迫は一時的で、いずれ解消されるとの見方もある。労働参加率を見ると、コロナが起きる前の63%から一気に60%まで落ち込み、今回復したとはいえまだ62%台、つまり労働市場から離れた労働者が半分は戻ってきていない、故に基本的には潜在的労働力余剰が充分にある、との見解である。
確かに多くの人々が労働市場に戻ってきていないのは、(a)コロナ禍で人の介護、休校中の子供のケアなどが必要になったこと、(b)政府の補助金で収入が増え一時的に働く必要がなくなったこと――などの一過性の要因も大きいと推察される。これらはコロナパンデミックが終息すれば、新規の労働力供給要因となり、ひっ迫している低スキル・低賃金労働分野での需給を緩和させる。また、財政出動の一巡、金融引き締めなどの政策支援の縮小が総需要を抑制し、労働需要を押し下げることも考えられる。
しかし、長期的に見て、労働需給は高スキル分野で緩和的であり続け、低スキル分野でひっ迫的であり続けるのではないか。コロナ禍をきっかけにデジタル革命、リモートワークによる生産性上昇の大きさを痛感させられるが、そのような分野では以前ほど求人が高まらず、賃金が上昇しにくいということは続きそうである。
他方、生産性が高まらない低スキル分野で人手不足が続くかどうか。コロナパンデミックが完全に終息し、一時的に労働市場からリタイアしていた人々が市場に戻って労働参加率が完全に復元すれば、人手不足が解消され、賃金上昇は沈静化するかもしれない。よって、トラックの運転手や接客業などで人手不足という状態が続くためには、総需要がしっかりしていなければならない。それには財政・金融政策の支援が不可欠ではないか。
この賃金格差の縮小は、イエレン財務長官の持論である高圧経済(需要が供給力を上回る)のポジティブな側面が表れたものとも言える。需要が各セクター均等に増加すれば、生産性の伸びが高い部門で賃金上昇が低くなり、生産性の伸びが低い分野で賃金上昇が高くなる。それはセクター間の物価上昇率の格差をもたらし、部門間の所得配分を変化させることになる。
1980年代以降の米国のセクター間の生産性、単位労働コスト、産出量、雇用者数、賃金の推移を見ると、セクター間の賃金上昇率格差とインフレ格差が、セクター間の所得再配分を引き起こし、経済成長を推進した姿がうかがわれる。
1980年以降、生産性の伸びが高い製造業の雇用が減少し、製造業の産出は低迷したが、生産性の伸びが低い非製造業の需要が拡大し、それが経済拡大をけん引した。
非製造業は生産性の伸びが低く、賃金上昇が生産性の伸びを上回り続け、単位労働コストは大きく上昇したが、そこで生まれた総需要が経済拡大をけん引した。
つまり、製造業の生産性上昇の果実がインフレ格差によって非製造業に移転し、そこで追加需要が引き起こされたのである。
同様のことが、いま高スキルの情報産業と低スキルのサービス産業との間で起こっている。端的に言えば、GAFAMでもたらされた生産性上昇の果実が、賃金上昇率格差の是正によって低スキル労働の賃金上昇に結びつき、そこで新規需要が創造されているということである。
このように考えると、いま米国市場で起きている格差縮小は、新しい労働環境の下での労働力配置の最適化に結びつく流れ、とも言えそうである。
金融政策への含意、利上げは注意深く緩慢に
FRB(米連邦準備理事会)が昨年末から急きょ打ち出した超金融緩和の終焉、テーパリンクの開始と利上げの開始が、市場をかく乱している。それまで2022年に2~3回の利上げと安心し切っていた市場は5~6回の利上げへと見通しを急修正し、長短金利の上昇と株価の急落を引き起こした。FRBが物価の読みを見誤って後追い(behind the curve)に陥り、急ブレーキが必要だとするタカ派的見方も台頭している。
しかし、先に見たように賃金上昇は局地的で、職種別賃金格差が縮小しているという事実は、1970年代のような、全般的な労働需給のひっ迫が賃金とインフレのスパイラルをもたらすという条件にないことを示している。伊藤隆敏コロンビア大学教授は、「年前半に2~3回利上げしてその後は様子を見る」(2月3日付 日本経済新聞「『引き締め遅れ』指摘当たらず 米インフレと金融政策」)と述べているが、妥当な見方と思われる。
2%程度のインフレが、セクター間での所得再配分をもたらし経済成長を実現する、そのためには積極的財政・金融政策が必要という成長政策の重要性を米国経済の指令塔、イエレン財務長官、パウエルFRB議長は深く理解している、と考える。
(2022年2月7日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン298号」を転載)
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