(5) 米中ハイテク対決の天王山 - II. 中国で半導体産業育成の大プロジェクト始動、中国内で熱狂ブームが
5Gで大きく先行する中国のボトルネックは半導体である。コロナショックの景気対策として展開されているデジタルインフラ投資と並行し、政府による競争力強化はいま半導体で展開されている。テレビ、PC、スマホなどエレクトロニクス製品の生産では世界の大半を制しているが、半導体だけは国産化率は15%と極めて低い。しかも、その過半は外資系企業によるもので、中国企業だけでみた国産化率は4.2%(IC Insights)に過ぎず、調達の5割は米国メーカーに依存している。
この半導体対外依存を的として米国が攻勢を強めている。ファーウェイに対する供給禁止だけでなく、中国半導体投資に対する機器供給禁止(2018年中国DRAMメーカーJHICC福建省晋華集成電路に対して産業スパイ容疑で米国製装置・技術の販売を禁止し同社のライン建設はとん挫)が実施されてきた。世界シェア5割を保有し、最先端EUVを使った7ナノメートルの微細化の最先端を走り、ファーウェイに対しても半導体の過半を供給してきたTSMCが米国の要求により、ファーウェイへの供給を遮断したことは、中国の危機感を高めた。
中国はファーウェィなどハイテクで次々と成し遂げてきた成功モデルを半導体で再現しようとしている。2025年までに今15%の国産化シェアを70%にする(中国製造2025)という、壮大な旗を堅持している。国家資金+市場からの調達が実施に移され、人と資本が半導体に群がっている。太陽電池、自動車バッテリー、ドローン、監視カメラ、液晶FPDでの成功の夢を再び半導体でというわけである。半導体を巡ってビジネスと市場で熱狂が高まっている。
この半導体国産化の主役は中央・地方の財政資金と民間資金を糾合した国家半導体ファンドである。2014年創設の第一期ファンド196億ドル(1387億元)は2019年で終了、 NANDフラッシュの長江ストレージ(YMTC)や、DRAMの合肥長シン存儲技術(CXMT、旧イノトロン)が初期商業量産段階に入ったが、ファンドの支援が大きかったと思われる。2019年に第二期ファンド289億ドル(2041億元)が創設された。ファーウェイとの取引を断たれたTSMCに代わる受託生産企業として期待されるSMIC(中芯国際集成電路製造)や、半導体製造装置関連企業などにも投資し、中国の自足的半導体サプライチェーンの構築を目指すとみられている。
だが米国がストップ、キャッチアップは無理だろう
今回に限ってはこのチャイニーズドリームの実現は困難だろう。第一に、米国の対ファーウェイ取引遮断により、先端技術の導入が不可能になったことがある。アーム(ソフトバンク子会社)は先端高機能・低電力のスマホCPU用アーキテクチャーを独占供給しているが、米国の禁輸措置により対中サービスが絶たれた。また、最先端の線幅7ナノメートルに必須のEUV(極端紫外線)露光装置を唯一供給しているASLM(オランダ)もSMICなど中国企業への納入を停止した。ファーウェイは傘下にハイシリコンという技術力の高い半導体設計会社を持っているが、線幅10~7ナノメートル以下の最先端の半導体入手は不可能である。
第二に、米国の対中制裁の意志は固いので、対中禁輸の対象をいくらでも拡大することが可能である。また、他国の企業であっても、米国製コンポーネント(部品・素材・装置・ソフト)が25%以上の割合を持つ製品のファーウェイに対する輸出は禁止となっているが、米国製コンポーネント比率を10%、5%と引き下げることも可能である。ファーウェイの5G関連機器は日本企業にとっては大きな市場である。村田製作所 <6981>のMLCC(積層セラミックコンデンサー)やアンリツ <6754>の計測機器など、ファーウェイは2020年中に日本企業から約100億ドルの部品を調達する(梁華会長)と報道されている(WSJ6月30日)。これら日本企業は米国製コンポーネント比率が低く今のところ規制の対象にはなっていないが、米国製コンポーネントがゼロということはないだろう。ファーウェイを安全保障上の脅威と認定した今となっては、今のところ白とみられる対中輸出も禁輸の対象に含まれてくる可能性もあるだろう(WSJ6月30日)
もっとも、米国半導体企業の最大の顧客は中国向けであり、これが全て直ちに遮断されることは考えられない。米国のハイテク企業であっても、最先端ではない技術製品、ファーウェイ、ハイクビジョンなど安全保障上の脅威リスト(エンティティーリスト)に挙げられていない企業に対しては供給が続けられる、と考えられる。
このように米国がありとあらゆる手段を繰り出し始めた以上、中国のハイテク覇権追及はファーウェイであれ半導体であれ、とん挫せざるを得ないだろう。米国調査会社IC Insightsは2024年でも国産化率は21%に留まると予想している。
(6) 米中ハイテク対決の天王山- III. 国防総省主導、米国半導体増強プロジェクト始動
アジア(韓国・台湾)に過度に依存する半導体供給体制
米中対決が進行すると考えれば、米国も半導体の調達が最大のリスクとなる。現代の石油にも等しい半導体供給の大半が潜在的紛争地域に存在しているからである。
米国防総省を襲う現代のスプートニクショック
米国が今や、ハイテク覇権を失うという、国防上の危機感を強く感じていることは明らかである。「今米国では『21世紀のスプートニクショック』が起こっており、それが防衛部門の巨大な投資を喚起しているのだ。20世紀のスプートニクショックでは、旧ソ連が人類初の人工衛星を実現したことに米国の防衛部門が危機感を抱き、宇宙開発を猛烈な勢いで強化した。これと同様に米国は今、AIや次世代通信規格・5Gを巡る中国のハイテクにおける実力に猛烈な焦燥感を抱いている。そして20世紀の宇宙戦争を制した自信から、米国はまた技術投資に巨額を投じるべく動き始めているのだ」(週刊ダイヤモンド6月27日号「半導体の地政学」)。
国防総省は100億ドルを投じJEDI(ジェダイ:Joint Enterprise Defense Infrastructure)と呼ばれる統合的クラウドシステムの構築を目指している。その土台をなす半導体供給が危機に瀕している。現代の覇権争いにおいては、半導体がかつての石油の役割を果たしているといえる。
世界売り上げシェア45%、生産シェア12%のリスク
米国メーカーは依然世界の半導体売り上げの45%を支配し世界首位である(2位韓国24%、3位欧州・日本9%、5位台湾6%、6位中国5%)。しかし、生産は7割以上を台湾と韓国の受託生産企業に委ねており、米国国内生産の世界シェアは12%に過ぎない。米国の半導体生産面でのアジア依存、半導体生産の東アジア集中の実態は、半導体材料・製造装置市場シェアからも明らかである。
米中有事となれば、それがリスクにさらされる。米国が最も大きく依存する台湾は選挙次第で、香港のように中国と一体化される可能性が出てくる。韓国も北朝鮮との武力衝突の可能性、中国に宥和する可能性など、安心はできない。TSMCがファーウェイへの供給を停止したが、サムスンがその代役を果し得る、との観測すら流れている。このリスク回避のための国内生産プランが急速に進行している。
米国国防総省のリーダーシップの下で、米国はハイテクハードウェア、特に半導体の国内生産回帰とグローバルサプライチェーンの再構築を進めている。現在進行中の3プランを概観する。
i. Chips for America Act(6月10日法案提出) 。日米半導体摩擦の下書きを描いたSIA(米国半導体協会)も支持している。予算合計230億ドル弱。100億ドルの地方政府を通した工場誘致インセンティブ。120億ドルの研究開発費補助。7.5億ドルの政策サポートの信託への拠出。2024年までの40%の投資税額控除、が主な内容である。
ii. America Foundries Act of 2020(6月25日法案提出)。予算合計250億ドル、内訳は米国半導体製造設備建設促進のための助成金(商務省経由)150億ドル。50億ドルの国防総省への資金供与。防衛/諜報活動に特化した特殊半導体製造向け工場、研究開発施設への支援。50億ドルの政府機関への研究開発費補助、となっている。
iii. Economic Prosperity Network(EPN)。米国は脱中国のグローバル供給網の構想を打ち出している。EPNは民主的価値観に基づいて運営される、と説明されており、韓国、日本、インド、オーストラリアなど友好国にアプローチしている。
経済合理性が働かない世界
このように米中対決が決定的となり、ハイテクヘゲモニーを巡って経済合理性を超えた投資競争が米中双方で展開され始めている。これまでの自由貿易論や市場競争などの経済理論が働かない世界である。それは政策主導の異常な半導体投資ブームを引き起こすかもしれない。
国際貿易論のモデルは、1.重商主義(貿易重視だが産業競争力に政府が強力介入 ? 中国はこの極端なケース)、2.自由貿易論(貿易重視、政府介入排除)、3.保護貿易(幼稚段階の国や産業は貿易遮断、政府介入が正当化される)、4.戦略的通商論(貿易重視だが、政府の産業介入も時には必要)、の4つが考えられ、主流の経済学は観念的に、2.の自由貿易を支持してきた。しかし、相手がファーウェイのようなビヒモスである以上、建前論は通らない。4.の戦略的通商論を精緻化する必要が出てきている。
(7) 日本は米中ハイテク覇権争いの最大の受益者だ
日本のハイテク産業集積を壊した地政学が、今は追い風に
こうした地政学展開は、日本にとっては有利である。2011年3月東洋経済より『失われた20年の終わり~地政学で見る日本経済』を上梓した。その趣旨は、米国による日本叩きと円高により、日本のハイテク産業集積が破壊され、テレビ、パソコン、携帯電話、半導体などでことごとく敗退し、失われた20年がもたらされた。しかし、米中対立により地政学が日本に対する逆風から順風に変わり、日本が依然として維持している先端技術が新たな産業集積を引き起こす、との主張であった。今、長期にわたって続いた日本産業の凋落が大きく転換する場面に来ている、と確信できる。
依然日本はアジアハイテク産業集積の要
そもそも、世界半導体生産の7割以上が極東アジアの4ヵ国、韓国、台湾、日本、中国に集中しているが、それは何故だろうか。日米貿易摩擦により日本における半導体生産が著しく困難化したからである。行き場を失った日本の技術者、素材・装置・部品などのサプライ企業は、韓国、台湾、中国に土俵を求め、現地ニーズとも相俟ってそこに産業集積が形成されたのである。いわば30年前日本だけに存在していたハイテク産業クラスターが、東アジア全域に拡大した、と言える。
しかし、依然として日本は、韓国、台湾、中国が必要とする最先端のサプライを一手に供給し、東アジア全体のハイテク産業クラスターの土台を担っている。世界の半導体製造装置は日米でほぼ独占しており、トップ15社中日本企業は8社となっている。
半導体素材で高シェアを誇る日本企業も数多く、一国内で半導体の川上から川下まで一貫して生産できる能力・技術を備えているのは世界で唯一日本だけだろう。
米中対決で日本を除く東アジア(中国、台湾、韓国)のリスクが高まれば、再度ハイテククラスターを日本中心に組み替えようという動きが出てくるのは必至であろう。日本の半導体工場はエルピーダメモリーから買収した広島工場を擁するマイクロンテクノロジー、東芝(現キオクシア)と工場を共有するウエスタンデジタルのNANDフラッシュの四日市工場など、米系企業がほぼ半分を支配している。米国の安全保障の見地から、TSMCはアリゾナに工場建設を決めたわけである。米国内建設とともに信頼できる同盟国である日本での供給力増強も有効な手立てであろう。
地政学によって失われた日本の国際分業上のプレゼンス(=ハイテク産業クラスターの中心)が、地政学によって復活する、という基本線を押さえておくべきであろう。
(2020年7月13日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン256号」を転載)
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