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鈴木大拙「華厳宗の研究」より

禅宗や浄土真宗の研究家として有名な鈴木大拙の言葉です。
菩提心(悟りを求める心)は大悲心から生ずる。大慈悲心(対象を区別しない友情と同情の心)は、それがもしなかったとしたら、仏教そのもがまた全くないものになる程の大事なものである。
このように大慈悲心を研究するのが大乗仏教の特色で、大乗仏教の諸教義の
全景の展開はこの大慈悲心を枢軸として回転するものと言えよう。

事事無礙(じじむげ)は事と事が妨げなく溶け合っていて、しかもそれぞれであるというのが、この思想です。松は竹であり、竹は松であって、しかも松は松、竹は竹だというのです。
西洋哲学でも、事事無礙の思想、つまり絶対と相対の相即、実在と現象の相即は説かれるこがないわけでもありませんでした。しかし大拙は、事と事同士の間で、無礙に相入相即(そうにゅうそうそく)しているという思想は華厳宗独自のものだ、と言うのです。こうして、大拙は禅を究めると同時に、大乗仏教思想のおいては華厳宗の思想を高く評価しているのです。
しかし大拙がもっとも評価・尊重していたのは、「華厳経」そのものでした。それは大部の経典で、大乗仏教の修行者すなわち菩薩が行うべき修行の道のりが描かれております。
後半の「入法界品」で、有名な善財童子が五十三人の善知識(指導者)を訪ね修行を完成するという求道遍歴物語が説かれております。
善財童子は、初め文殊菩薩の導きにより求道の旅に出立し、長い経過を経て
観音菩薩、弥勒菩薩、最後に普賢菩薩に会って修行を完成させて、仏となるのです。
この長大な華厳経を読もう読もうとは思っておりますが、能力の無い私などは仕事関連の本や歴史書・小説や雑事にかまけけて出来ないままになっております。



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