rikakusenninさんのブログ
さまよえる香港の高齢者たち・・・・ →Orz///
日曜のNHK-BS1で放送された「香港・さまよえる貧困高齢者たち」 というドキュメンタリーを録画して見ました
かつての香港は中国本土と比べて凄い発展を、経済その他の自由を謳歌してました
それがこのごろの中国本土の発展の影響で香港在住の貧困層がさらなる窮地に追いやられているというんです
私が香港旅行したときは昔の魔の空港がもうすぐ新空港に移転する予定ですというときでした
香港国際空港:wiki:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%93%E5%BE%B3%E7%A9%BA%E6%B8%AF
ヒストリーチャンネルにおいて、「世界で最も危険な空港」第6位に選ばれている[3]。
啓徳空港は、滑走路13への着陸進入の際大きく機体を傾けつつ九龍仔公園上空近辺で機体を右旋回させ、ビル群すれすれの高さを飛行して着陸する「香港アプローチ(香港カーブ)」で有名だった。
このスリル満点の着陸ということは事前に調べて判っていたが高層アパート群はどこも屋上にバラック小屋がびっしりとあり、そこに貧困層の人が暮らしているとか・・・その屋上小屋すれすれに飛行機はあらぬ方向に滑空し急旋回して短い滑走路に突入!・・・・車輪を地面に打ち当ててバウンドさせて急ブレーキ効果を最大にだしての着陸・・・
怖かったです・・・・・ →Orz///
その空港の話はweb検索していただくとして、今の香港人は押し寄せる中国本土人の買い物エネルギーとマンション買いあさりで物価家賃不動産価格が上昇しアパートから追い出され生活保護費24000円(日本円換算で)+古新聞拾いなど+食料援助などで生きるのに必死のようす・・・・
香港で働いて老後資金を一杯貯めてその資金を持って中国本土で優雅な暮らしをしようと引越しした老人は中国本土でのインフレで老後資金を5年で激減させ香港で暮らすのはどうかと故郷の香港に戻ってみたらあまりの老人たちの苦境に驚いてまた中国本土へもどっていくのであった・・・・・
1つの国に2つのイデオロギー・・・・・・
香港も中国本土も私は暮らしたくないところです^^;
-
タグ:
もりぎんさん
こんにちは
あなたも視ておられましたか
日本のほうがよっぽど良いですねえ^^
もし香港に生まれ育っていたら今頃は地下鉄の駅舎をうろうろしてたに違いありません
為替の変動の影響も大きいですねえ^^;
同じ中国で2つの通貨・・・・・ →Orz///
紗々さん
おはようございます
変換前の香港島にてお暮らしでしたか
景色のいいところでしたね^^
楽しい思い出もいっぱいでしょう^^
急旋回とスレスレ飛行・・・・・・
10回以上は経験されたはず・・・・・^^;
あの空港は1回で寿命が5年は縮まりましたね
いずれにしろむずかしい国です
こんばんは。
この番組僕も見ました。
老後資金が為替の影響で底をつき、雑誌や新聞集めて暮らしている老女。
ボロカスの野菜買って炒めて食べていた老人。
娘むこの家に正月休みかなんかで帰ってた時の会話・・・など印象に残ってます。
こんにちは。
返還前の香港に駐在員で住んでいました。
香港島の方ですけど^^
大陸側は観光客が多くてあまり行きませんでした^^
その頃は、西洋と東洋の両方のいいところが混在して、それなりにゆったり優雅に楽しめましたが、返還後は知りません。
その頃の香港人はとても教育熱心で、幼児の頃からスパルタ教育^^
日本人も真っ青な教育ママがひしめいていました^^;
長男は日本人学校初等科、次男はイギリス系の幼稚園の方に通っていましたので、直接かかわることはありませんでしたけれど^^
香港大学と言えば東大より知能はすぐれているかもしれないとまで言われていたほどです。
返還後本土からどっと人が押し寄せて風景も一変するのだろうかと危惧しながらも、イギリス人が築いた先進都市!狭いながらも高層ビルがひしめく大都会で金融の方もかなり活況を呈していたようですし、香港独自のものは根強く残るだろうと思っていましたが・・・
返還されてますます貧富の差が激しくなったのかもしれませんね。
啓徳空港何度も利用しましたが、本当にビルすれすれの飛行には何度もぞっとする思いでした。
香港啓徳空港を離発着するパイロットは飛行技術は一流だと言われてましたけれど・・^^;