yoc1234さんのブログ
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株の神様、福澤 桃介と川上貞奴と恵那峡の花
株の神様、福澤 桃介と川上貞奴と恵那峡の花 2009年04月13日
株の神様 , 福澤桃介 , 川上貞奴 コバノミツバツツジ、サクラ、恵那峡
以下Wikipediaより
「福澤 桃介(ふくざわ ももすけ、1868年6月25日 - 1938年2月15日)は、日本の実業家、政治家。旧姓は岩崎。武蔵国横見郡荒子村(現在の埼玉県吉見町)の農家に生まれ、川越で育った。慶應義塾に在学中、福澤諭吉の養子になり、後に諭吉の次女、房(ふさ)と結婚した。1888年に渡米し、ペンシルバニア鉄道の見習をした後、帰国。北海道炭礦汽船、王子製紙などに勤務。
しかし、肺結核にかかり、1894年から療養生活を送らざるを得なくなる。療養の間、株取引で蓄えた財産を元手に株式投資にのめり込んだ。当時は日清戦争の最中で、日本の勝利による株価の高騰もあり、当時の金額で10万円(現在の20億円前後)もの巨額の利益を上げたという。療養により病状が好転し、株で得た金を元手に実業界に進出する。いみじくも、その後、相場は暗転した。」
ということで株の神様といわれています。今回あやかろうと桜の時期に行こうと思っていましたが少し遅かったようです。二人の像は大井発電所のためにできた湖を眺めるように立てられている。あたりは恵那峡として開発されています。
株の神様 , 福澤桃介 , 川上貞奴 コバノミツバツツジ、サクラ、恵那峡
以下Wikipediaより
「福澤 桃介(ふくざわ ももすけ、1868年6月25日 - 1938年2月15日)は、日本の実業家、政治家。旧姓は岩崎。武蔵国横見郡荒子村(現在の埼玉県吉見町)の農家に生まれ、川越で育った。慶應義塾に在学中、福澤諭吉の養子になり、後に諭吉の次女、房(ふさ)と結婚した。1888年に渡米し、ペンシルバニア鉄道の見習をした後、帰国。北海道炭礦汽船、王子製紙などに勤務。
しかし、肺結核にかかり、1894年から療養生活を送らざるを得なくなる。療養の間、株取引で蓄えた財産を元手に株式投資にのめり込んだ。当時は日清戦争の最中で、日本の勝利による株価の高騰もあり、当時の金額で10万円(現在の20億円前後)もの巨額の利益を上げたという。療養により病状が好転し、株で得た金を元手に実業界に進出する。いみじくも、その後、相場は暗転した。」
ということで株の神様といわれています。今回あやかろうと桜の時期に行こうと思っていましたが少し遅かったようです。二人の像は大井発電所のためにできた湖を眺めるように立てられている。あたりは恵那峡として開発されています。
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yoc1234さん こんにちは
福澤諭吉は、大分県中津市に生家が在りまして
「諭吉せんべい」なる1億円札?^^のお菓子
がヒットしておりました。
岐阜県の恵那峡は1度行ったことあります。
そう言えば・・・中津川ってありましたよね?
やはりゆかりのある土地なんでしょうね。
株で爆儲け・・・うらやましいです^^
やはり「酒田五法」を駆使したのでしょうか?
ちょっと気になります。
中津川は読書発電所の近くでこれも有名です。
どこもこの辺は寂れてしまい、昔の面影はありません。
長島温泉や長島スパーランドに行ってしまいます。
時代の流れです。
株で儲けたといっても金持ちが常に勝ちます。
情報力の勝利でしょう。
恵那峡に行ってこられたんですね。やっぱり桜遅かったです
か。今年は地域の時間差が少ない気がしますね。
gifu8は今日は休みだったので 奥琵琶湖に行ってきました。
ちょっと遅かったですね。ここも。でも混雑してました。
でもなんで桜の季節にこの像にあやかりに?
大学受験と同じ「さくらさく」もあやかってるんでしょうか?
恵那峡 1回も行ったことないので行かないと。。
恵那峡のあたりは随分寂れてしまいました。
秋に南木曽の温泉に行きましたが、人影がまばら。若い頃は
スキーにキャンプによく山にいきました。最近の若い人には
魅力がないようです。
主人も恵那峡ランドに営業に行ったそうですが、今は観覧車
がたたずんでいるだけです。子供の頃汽車で木曽福島に行き
ましたが、そんな昔の静けさがありました。
昔は子供を連れて対岸の恵那峡ランドに良く行きました。
すごい込み様でしたが今はまったく駄目ですね。
今回の目的は他にあります。
明日わかるでしょう。
そうですね、でも昔子供づれで来た人は、懐かしい場所でしょう。
ゆっくりするにはいい場所です。
以前に比べ自然はよくなってきています。
上手なテーマパークにしていけばまた復活するでしょう。
山登りも50才以上の人が多くいかれるのでハイキングコースで整備していけばはやるでしょう。
湖もあり夏に浅瀬でトライアスロンも出来そうです。
発想の転換がいるでしょう。