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エッセー『玲於の家出』

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 17日(月)の「新エッセー岡部塾(第二期)」に出席した。当日の合評・指導作品は以下の5作品だった。
1 空気の匂い  T氏
2 別人の顔   Oさん
3 玲於(レオ)の家出   翔年
4 前夜     Kさん
5 公園通り   Nさん

 翔年は書きたいものを書くと理屈っぽい固い作品になる傾向が強い。それはそれでよしと自分ではしているが、今回は過去に飼っていた愛犬玲於のことを書いてみた。この犬はエッセーに書いた事件の他にも色々と書きたいことのたくさんある犬だったから。

岡部先生の丁寧な添削指導(一部)


 岡部先生からは、7色のペンを使った懇切丁寧な何時もながらの添削指導を受けましたので、その一部をご覧下さい。また、翔年の下の作品は第7作目にあたります。先生の指導を受けた部分を若干手直ししてアップしました。それと画面で読みやすくするために、空行を適宜挿入しました。


玲於(レオ)の家出     松本 護

 会社から帰宅すると、半泣きの長女が「玲於がない!」。続いて、下の息子と妻が、「玲於が柵を越えて出て行った」、「探したけど見つからない」と口々に私に訴える。
「よし! もう一度探そう。今度は、道路脇の溝の中も懐中電灯でよく照らせ!」。全員に指示した時、私は最悪の事態を覚悟していた。その夜、レオは帰ってこなかった。

 玲於は柴犬のオスだ。長女が小学校高学年に進むようになった二十数年前、子ども達の情操教育によかろうと、かなり奮発して血統書付きの子犬を買った。そして、狭い裏庭に柵を作り、番犬として放し飼いにしていた。長じて、玲於は立派な家族の一員となった。 
 玲於は無駄吠えはしないし、散歩の途中で何かを拾って食べるような卑しい事も決してしなかった。特に、頭をあげて胸をはって構えたときの凛とした姿はほれぼれした。その風格は「犬は飼い主に似る」と私の自慢の種だった。(たった一つ、発情期になると家人の隙を見て脱走する欠点はあったけれど)

 翌日から私は探す範囲を広げた。学校も公園も倉庫の裏も材料置き場の隅も探した。子ども達は溝を覗き込んでは、名前を呼んで探した。近所の奥さんに玲於の姿を見かけなかったか聞いてまわった妻が「市の野犬狩りにとられたのかも? 捕まったら二日間は保護されているけど、三日目には処分されるそうよ」なんていう恐ろしい情報を持って帰ってきた時には、家族に緊張が走った。

 その夜、家族会議で分担を決めた。妻は保健所に電話して犬の保管場所を確かめる。娘はレオの写真つきポスターをたくさん作って、電柱に貼ってまわる。「たとえ死んでいても、ご連絡をおねがいします」。連絡先電話番号の脇に、娘は悲壮な顔で書き添えた。息子は学校がひけると、校区を越えて広い範囲を自転車で探し回る。

 次の日から早速「柴犬が○○交差点を西に向かって歩いていた」、「××町△△丁目で首輪をした茶の柴を見かけた」というような情報が入りはじめた。その都度、妻が確認に走った。保健所で聞いた保管場所や大阪府の犬の処分場も尋ねて行ったが、これといった情報は得られなかった。
 今度こそと期待した情報に裏切られ続けて、家族はだんだん元気がなくなってきた。情報も、だんだん少なくなってくる。時間だけがむなしく過ぎていく感じが堪らなかった。

 全員が半分諦めかけていた八日目のこと、隣町の方から「お宅の犬を預かっています」。うれしい電話が入り、妻が飛んでいった。そして、歓喜の対面をして、連れ帰ってきた。
 玲於は一週間の放浪生活で、痩せて、毛並みは薄汚れ、足裏が傷ついて、ちょっとビッコを引いていた。そんな姿を見ても、帰ってきた放蕩息子を迎えた家族のように、玲於を叱る者は誰もいなかった。

 それから二ヶ月ほど経ったころ、今度は自宅前の蓋がついた溝の中に、生まれたての子犬がいるのを妻が見つけた。「ひどい事をする人がいるなぁ」と私がいったら、「母犬も一緒よ」と妻。「子ども達が子犬に情を移したら困る。早いうちにどこかへ追い払わないかんナ」と私は厳しく言った。
 ところが次の日、母犬は子犬四匹をつれて我が家の敷地内に越してきた。それも娘の部屋の窓下の子育てにふさわしいコーナーに。私はこれにはギョッとした。「まさか玲於の子どもでは?」。妻が「しばらく置いてやって!」と言ったのは、既に彼女はミルクを与えた後かも知れなかった。

 玲於に認知される希望のない子犬たちは、それでも我が庭ですくすく育って、街の情報誌に『子犬あげます』を載せると、次々と貰われていった。

 この玲於の家出騒動は「犬は飼い主に似る」という得意の自慢話をする機会を私から永久に奪った。(2008/11/19修正版)

 ※「新エッセー岡部塾」の先生のサイト『エッセーの風』はこちらです。エッセーに興味のあるかたはどうぞ!
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