1.会社概要
東都水産<8038>は、東京都中央卸売市場の1つで、世界最大と言われる築地市場水産部の卸売業者(荷受/大卸)大手である。マルハニチロ<1333>系や日本水産<1332>系が多いとされる卸売業者の中では独立系で、水産物卸売事業のほかに冷蔵倉庫業及びその関連事業、不動産賃貸事業を併営、子会社では地方市場での水産物卸売、カナダでの水産加工品の製造販売も行っている。同社は、築地市場の水産物取引の中核として、高品質で適正価格の魚介類を安定供給し、豊かで健康的な家庭の食生活を支えている。非常に社会的存在意義の高い会社ということができる。
しかし、かつて漁業大国と称された日本も、高齢化や食の多様化などにより、魚の消費量は長期的に減少傾向にある。また、水産資源の減少や世界的な魚食志向の高まりなどから、水産業界全体の変革も求められている。同社は、そのような厳しい環境のなか、80年を超える豊富な経験や同社グループの国内外ネットワーク、消費者ニーズを的確に捉えた商品提案などによって、今後も家庭の食生活を支え、新たな魚食文化を創造して行く考えである。
80年以上にわたって家庭の食卓に水産品を安定供給
2.沿革
同社は大正初期、初代社長田口達三(たぐちたつぞう)が江戸幕府の台所として栄えた日本橋魚河岸に魚問屋を創業したのが始まりである。1935年の築地市場開場と同時に魚類卸売会社「東京魚市場」を設立したものの、戦中~戦争直後は統制や閉鎖など時代に翻弄され続けた。しかし、公共性の高さから当時の農林省が再編成示達を出し、1948年3月に同社が設立され、前身会社から業務と役職員を継承した。以来、東京を中心に関東一円の食卓を担う大手の卸売業者として、生鮮・冷凍魚介類はもとよりあらゆる水産加工品を、国内のみならず世界各地から集荷し、安定供給に努めている。
変革が迫られる水産流通
3.水産流通の仕組み
(1)水産流通
例えば黒潮を回遊する近海のマグロは、延縄(はえなわ)※漁によって捕獲する。1匹の重さは80キログラム~150kgにもなる。このようにして捕獲されたマグロは、鮮度を保つため急速に冷凍された後、港に水揚げされ、多くは都会の市場へ出荷される。このように、全国各地の魚介類は全国各地の港に陸揚げされ、大型トラックや保冷車、冷凍車によって都会の卸売市場へと大量に運ばれる。卸売市場では、同社のような卸売業者が荷受けし、卸売業者によるセリで最高値を付けた仲卸業者や売買参加者に販売する。仲卸業者は市場内にある店で街の魚屋や寿司屋など小売業者に販売し、小売業者は街にある自分の店に運んでさらに小分けして一般消費者に販売する。
※延縄(はえなわ):1本の長い縄にたくさんのつり糸を垂らす漁法。マグロ漁法にはそのほか「一本釣り」「まき網」などがある。
(2)卸売市場
卸売市場は水産物流通の中で、卸売業者が荷を受けてから仲卸業者が小売業者へ販売するまでを役割とする。ちなみに、市場というのは本来自由が原則だが、日本の卸売市場は地方公共団体が開設・運営する公設制度で、公平を図るため法律で市場内の取引を規制するという、世界でもあまり例のない独特の市場制度になっている。
東京都中央卸売市場の場合、扱うものは市場により異なる。野菜・果物とその加工品など青果は築地市場ほか大田、淀橋、豊島、板橋、世田谷、北足立、多摩ニュータウン、葛西の各市場の青果部が扱っている。生鮮・冷凍の魚介類やその加工品など水産物は築地、足立、大田の水産部で扱う。そして、牛肉・豚肉及びその加工品など食肉は食肉市場(品川)、鑑賞用の花・草木・枝など花きは北足立、大田、板橋、葛西、世田谷の花き部で扱っている。卸売市場の目的は大都市などに住む消費者に生鮮食料品を安定して供給することにあり、集荷→価格形成→分荷という基本機能のほか、決済(カネの流れ)や情報提供、衛生保持といった機能もある。
もう少し具体的に言うと、同社のような卸売業者が荷受けした品物を卸売場に並べ、朝5時頃からセリ場で卸売業者のセリ人の呼びかけに応じて仲卸業者や売買参加者(買参権を持った小売業者など)といった買い手が指で値段を示し、最高値を付けた買い手がその品物を買うことができる。このような、大勢の買い手を前に公開で価格を決めるセリ取引(一部入札)のほかに、卸売業者と買い手の協議によって価格を決める相対取引がある。仲卸業者はセリなどで買った魚介類を市場内にある店に運び、買出人と言われる街の魚屋や寿司屋など小売業者に買いやすい大きさや量に小分けして販売する。そして、仲卸業者からの販売代金の徴収や出荷者への支払いを速やかに確実に行う一方、当日の市場入荷量や卸売の価格、その他生鮮食料品などに関する情報などを収集し公表する。また、巡回や抜き打ち検査などによる食品の安全性チェックや施設・設備の衛生管理なども行われている。
(3)築地市場
築地市場は、都内に11ある東京都中央卸売市場のうち最も古い歴史を持つ。主に水産物(水産部)、青果物(青果部)を取り扱う総合市場である。その供給圏は、都内だけでなく関東近県にまで及ぶ。特に水産物については世界最大級の取扱規模を誇り、日本の建値市場※としての役割も果たしている。築地市場では、水産物で約480種類、青果物で約270種類の品目を取り扱っている。1日の入場者数は4万人以上、入場車両数は2万台弱あり、入荷から販売まで24時間活動している。築地市場の水産部には、東都水産のほか、大都魚類<8044>、中央魚類<8030>、第一水産(株)、築地魚市場<8039>、丸千千代田水産(株)(加工品及び塩干、水産冷凍品のみ)、綜合食品(株)(加工品及び塩干、水産冷凍品のみ)計7社の卸売業者がいる。ちなみに青果部は東京シティ青果(株)、東京中央漬物(株)(漬物類のみ)、東京中央鳥卵(株)(鳥卵のみ)であり、生鮮に限れば、水産で5社、青果で1社ということになる。
※建値市場とは、ほかの市場で取引の参考となる価格を形成する力のある市場のこと。
(4)豊洲市場
歴史ある築地市場も、施設の老朽化が進んで建物の一部が劣化・破損し安全性が保証できないこと、施設の拡張ができない構造で商品の一部については一時的に屋外に置かざるを得ないなど品質保持や衛生管理が困難なこと、当初列車運送を想定していたため大型トラックの搬入スペースが不足していること、築地市場の再整備には時間と資金が非常に多くかかるため断念した経緯があること——等々から、豊洲市場への移転は不可欠となっていた。安全性など種々の課題から延期されていたが、2018年10月11日を開場日とする移転が正式に決定した。
豊洲市場は、407千平方メートルの敷地に建つ延床面積517千平方メートルの建屋に、卸売業者売場35.7千平方メートル(水産24.7千平方メートル、青果11千平方メートル)と仲卸業者売場16.745千平方メートル(水産13.019千平方メートル、青果3.726千平方メートル)を有する巨大市場である。最新の施設のため安全な構造のうえ環境に配慮して省エネにも取り組んでいる。そして、最新のコールドチェーンにより品質保持と鮮度管理が十分に可能、卸売場や仲卸売場の近くに大型の駐車スペースと荷捌スペースを配置して効率的な搬入搬出を実現、量販店専用のピッキングエリアがある——といったメリットがある。このため、築地市場以上に小売業者の来場を集めると見られている。
種々の課題についても、例えば水産物仲卸の店舗の間口が狭い(と言われている)など使いにくさのあることに対しては、1店舗当たり平均面積を築地より広くとり、魚種や規制の違いに応じた取り組みを進めている。土壌汚染問題に対しては、地下水管理システムを強化するなど専門的・科学的で妥当な対策を講じることになった。また、メリットの一方で、移転による商流の変化や築地市場閉場を機に廃業を検討している取引業者が出る可能性から、事業環境が大きく変わることが予想される。施設の最新化により市場使用料の上昇や市場内物流の高コスト化も想定されている。メリットの方が大きそうだが、稼働してみなければ分からないこともまだ多い。
(5)健康に良いとされる水産物
ところで、魚は人間が生きるうえで必要な9種類の必須アミノ酸をバランス良く含んだ良質なたんぱく源なのである。また、魚には人間の健康を支える様々な成分が含まれており、特にドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)といった不飽和脂肪酸は、肝臓がんや糖尿病予防、肥満の抑制などに効果があることが最近の研究で示された。また、アレルギー症状の改善やうつ病の緩和、認知症の予防などにも効果があると言われている。さらに、消費者庁は、食品の機能性に関する科学論文に基づく評価(2012年)において、心臓や血管疾患のリスク低減、血中の中性脂肪低下、関節リウマチの症状緩和の3点について、DHAやEPAが機能しているという明確で十分な根拠があるとした上、新生児の脳の正常な神経細胞の発達のためには一定量以上のDHAが必要であるとの推察も加えている。
このほかにも、肝機能の強化や視力の回復などに効果が期待されるタウリンはイカやカキ、疲労の回復に効果があるバレニンは鯨肉、未利用天然資源と言われるキトサンはカニやエビの殻に含まれている。また、小魚を丸ごと食べれば不足しがちなカルシウムを摂取できるし、海藻類にはビタミンやミネラル、食物繊維が多く含まれている。このように、水産物には人間の健康を支える様々な機能が含まれており、美味しさだけでなく優れた栄養特性を持つ食品ということができる。近年、こうした水産物の健康への効用が広く知られるようになり、世界的に水産物の需要が拡大する要因となっている。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 宮田仁光)
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