※「2025年『世界資本主義再構築』と日本の好位置」(前編)から続く
(3)米国覇権の再構築に与力する日本
●第三の開国、米国の世界秩序再構築の支柱に
近代日本の興隆は常に米国とともにあった。黒船による第一の開国、敗戦による第二の開国、そしていま第三の開国が米国流株式資本主義の受容として、実現しようとしている。
近現代の日本の世界史的役割は、西欧民主主義と資本主義の世界伝播の懸け橋になったことにある。非西洋で近代資本主義と民主主義を土着化させ発展させたのは、日本だけである。また、非西洋で近代化と工業化を発展させ、国民の生活水準を先進国の域にまで高めたのは韓国・台湾・中国(香港)の東アジア3カ国だけであるが、韓台中の発展は日本の経済発展モデルをほぼ模倣・踏襲したものであった。韓国・台湾・中国(香港)の東アジア3カ国は、移植した市場経済の基盤の上で、米国・先進国からの技術導入と米国市場でのシェア獲得により飛躍的経済成長を実現した。
●日中で対極にある対米姿勢、どちらが吉か
起点は1971年のニクソンショックにある。ドルが金の縛りを脱したことにより、米国は対外債務を急増させ、まず日本から、そして最後には中国から巨額の輸入を行った。1980~90年代に日本が対米輸出で経済飛躍を遂げ、1990~2000年代には韓国、台湾、香港などのアジアNIES(新興工業経済地域)が離陸し、2000年代以降は中国経済が高成長を遂げたが、その起点はドルの散布にあったと言える。
中国が世界の製造業生産の4割弱、PC、スマートフォンなどのハイテク製品や、ソーラパネル、EV(電気自動車)などのクリーンエネルギー分野では8~6割という高シェアを獲得するというオーバープレゼンスは、まさしくニクソンショックの賜物であった。
米国は巨額の輸入により東アジア諸国の発展を支えたが、それが脅威となり、敵対者と認識すると手のひらを返す。まず、産業競争力を飛躍的に高めた日本を米国産業の土台を壊す相手と認識し、強烈な日本叩きを展開した。貿易摩擦、超円高、構造協議という口実による内政への関与などで日本を縛り上げた。そしていま、米国覇権に対する挑戦の意志をあからさまにした中国に対して、激しい制裁を課し始めている。
ここにおいて同じ経路で発展してきた日本と中国の間に、決定的相違が生じた。軍事的に従属している日本は米国に屈服したが、中国は米国への対抗心を強めて意気盛んである。中国の方にこの話をすると、溜飲を下げる表情を見せるが、米国は甘くはない。
●日本の米国要求の受容は正解だった
米国流のビジネスモデルを受け入れた日本の対応は正しかった。失われた30年の間に、日本は米国の価値観とビジネス慣習に大きくすり寄り、好ましいビジネスパートナーに変わった。
この米国への譲歩は、日本における企業のガバナンス改革に帰結し、これからの日本株高、株式資本主義の繁栄を準備しているように見える。既得権益が強固な日本においてガバナンス改革が成就し得たのは、米国の外圧が重要であった。
他方、中国は勝ち目のない相手を敵視することで、国の選択を誤ろうとしている。日本は米国の世界秩序再構築の共同遂行者の役割を淡々とこなすことで国運の隆盛につながる。
(4)2025年日本復活のKey Ward、産業ルネサンスとBarbarian at the Gate
●遅れていたJカーブ効果の発現、実質賃金上昇により内需の拡大循環が始まる
2025年に繰り延べられていた円安によるJカーブ効果のプラス面が発現することは確実である。日本の工業基盤が衰弱してしまって円安による生産回復に時間がかかったこと、インフレによる実質所得減のリカバリーに時間がかかったことなどから、円安のプラス効果発現までのタイムラグがずいぶん長くなったが、ここからは期待できる。
2025年も2年連続の5%賃上げが続き、実質賃金は2%程度のプラスに浮上していくだろう。国民民主党の頑張りによる恒久減税の寄与も期待でき、実質消費は1~2%のプラスに浮上するだろう。そもそも円安のメリットは、インフレによる名目成長率の急伸、海外所得の増加となって、すでに企業収益と税収増加に結び付いていた。この企業利益と税収増加を家計に還流させることが焦眉の課題だが、石破自民党の少数与党化は、恒久減税を主張する国民民主党に譲歩せざるを得ず、むしろプラスになっている。2025年の参院選を睨めば、恒久減税が目玉政策として飛び出すかもしれず、それは株価の好材料である。
●産業ルネサンス……米国の対中封じ込め、日米半導体協力で流れが変わった
2025年はTSMCの熊本工場の稼働が始まり、日本の産業拠点としての根源的強さが再評価される元年となるだろう。
日本の産業基盤の素晴らしさに驚愕したTSMC創業者のモリス・チャン氏に見られるように、日本の生産拠点としての圧倒的強さを思い知らせる事柄が、これから続出するだろう。世界の最先端半導体を一手に供給しているTSMCはその全てを台湾で生産しているが、それは需要者にとって大きな地政学的リスクである。TSMCは台湾以外の重要供給拠点として日本に注力していくだろう。熊本(JASM)1、2期に続き、第3期の最先端工場建設が検討されている。
北海道千歳のラピダスや海外半導体企業の研究所創設など、日本において過去30年間で初めて、設備投資が引き起こす好循環が起きている。これらの半導体プロジェクトは全て米中対立の下で、米国が経済安全保障上、日本に協力を求めたことが起点となったものであり、失敗するという結論はない。つまり、成功するまで国は資金を出し続けるのである。国による巨額の半導体支援を批判し小馬鹿にする論者が少なくないが、そのような人々は経済安全保障の深刻さを理解していない。
ハーバード大学が作成している「世界の経済複雑性ランキング」(ECI)において、1995年から日本が一貫して世界のナンバーワンであることに、注目するべきである。このランキングは、世界各国の輸出データに基づき、①輸出品の複雑性と多様性、および②偏在性(独占度)を評価し、順位付けしたものである。複雑性が高いほど高付加価値産業を有し、産業の多様化が進み、世界市場での独占度が高いことを示している(カリフォルニア大学サンディエゴ校ウリケ・シェーデ教授著「シン・日本の経営 悲観バイアスを排す」日経BPで紹介されている)。
スマートフォンを例にとると、スマートフォン完成品の組み立ては規模は大きいが工程そのものは単純である。他方、材料や部品、製造機械はそれぞれが固有の工程と技術的ブラックボックスを持っている。この複雑性ランキングでは、固有の工程数とブラックボックス部分が大きい方がランクが高くなる。日本はスマホの生産シェアは低いが、スマホの最終完成品に至る必要技術を世界で一番多く備えていると言える。その産業基礎力は、日本に生産回帰を進めるうえで大きな力になる。
国際的ビジネスマンにとっては、(突出した異能はいないが)日本の労働力の均質性、レベルの高さ、労働に対する誠実性が抜きんでていることは、常識である。いまさらではあるが、それがOECD(経済協力開発機構)による成人力調査によって明らかにされた。2023年の調査によると日本人の成人力は、調査3項目のうち読解力、数的思考力でフィンランドに次ぎ第2位、問題解決能力でフィンランドとともに第1位、と発表された。
これらのビジネス拠点としての日本の優位性は、同時に半導体工場の建設が進む米国やドイツなどとの比較において、際立っていくだろう。日本が先端産業の世界的製造拠点として復活することは明らかである。日本の産業ルネサンスはすぐそこに来ている。
●買収ブームが引き起こす株式資本主義時代
AI革命など歴史的技術発展の時代に、企業収益が高まり、企業部門に過剰利益が蓄積されることが常態化している。この企業利益を経済システムに還流させる上で、米国で定着した株式資本主義が大きな役割を果たした。ベンチャーに巨額の投資資金が集まるエコシステムは、米国経済の長期繁栄と長期株高の原動力であった。
米国の株式資本主義は、①金融の効率性=適切な資源配分、②技術の米国への集積、ハイテクエコシステムの形成、③成果の大衆(有権者)への還元として確立し、トランプ次期政権の政策プラットフォームとしても認識されている。
この株式資本主義の出発点が、1988年のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)によるRJRナビスコ買収に象徴される米国の買収ブームであった。
それは2000年のドットコムバブル形成に向かう株高を準備したが、いまの日本に同様の動きが起きている。東証・金融庁によるPBR1倍以下の企業の是正要求、日本経済新聞「私の履歴書」へのKKR創業者ヘンリー・クラビス氏(30年前は米国でも野蛮人と言われていた)の登場など、日本の政策と企業社会のM&A受容姿勢への変化は驚くばかりである。
カナダ企業であるアリマンタシォン・クシュタール(ACT)によるセブン&アイ・ホールディングス <3382> [東証P]の買収提案は、資本の効率性をないがしろにし、低株価を放置してきた日本の株式市場に大きく活を入れるものになるだろう。日産自動車 <7201> [東証P]・ホンダ <7267> [東証P]の経営統合も、台湾電機大手の鴻海精密工業による日産の買収意向が伏線となっている。また、ニデック <6594> [東証P]が工作機械の老舗・牧野フライス製作所 <6135> [東証P]に対するTOBを発表したが、ニデック創業者の永守重信氏は「中国の脅威の前に時間はかけられない」との弁を述べた。
日本は米国が進む株式資本主義に急速にシフトしている。それは海外投資家の日本株買い、企業による自社株買いを通して、異常に割安だった日本株のバリュエーション革命を推進するだろう。
(2025年1月1日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン371号」を転載)
株探ニュース
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