―臓器再生や難病治療で新たな可能性、大手医薬品メーカーとその周辺に思惑―
「医療の未来」という大きな扉を開く魔法の鍵の一つとなり得るのが「iPS細胞」である。体のあらゆる細胞に変わる、いわば「変幻自在」の能力を持っていることから、臓器再生や難病治療へのアプローチで革新をもたらすのはもちろんのこと、薬の効果検証などにも役立つ。そんな人類の期待を背負うiPS細胞への関心が株式市場で再燃する機運が高まっている。今回はこのテーマに関連する銘柄にスポットライトを当てた。
●加齢黄斑変性の治療で脚光浴びる
欧米の中途失明原因の第2位として知られる「加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)」という眼病がある。日本でも高齢社会の進行に伴って、非常に重大な病としてその認知度が年々高まっている。この眼病の治療に用いる細胞シートがiPS細胞から作られ、日本の理化学研究所が主導する臨床研究で2014年9月に世界で初めて患者に移植された。ノーベル賞を受賞して一躍時の人となった京都大学の山中伸弥教授だが、同氏がヒトのiPS細胞の作製について報告したのは07年というのだから時の流れの早さに驚く。前述の世界初の手術が行われたのが14年、そこから10年の月日が経過した今、再びこの革新的な細胞を巡って大きな“うねり”が観測される状況となった。
病気治療というスタンダードな側面からは、「1型糖尿病」へのiPS細胞を用いた治験が早ければ25年1月にも開始する(京都大学医学部附属病院が治験計画を届け出済み)。健康な人のiPS細胞から、血糖値を下げるインスリンを分泌する「すい島細胞」の塊を作って、それを患者の腹部に複数移植する。糖尿病患者は病気が進行すると基本的に毎日、インスリンを投与(注射)する必要があるが、新しい治療が確立されれば、将来的に注射回数の低減、上手くいけば注射からの解放すら見えてくる可能性がある。
●iPS細胞で作る「ミニ心臓」が話題に
また、iPS細胞の活用は人間向けの領域から飛び出し、今や動物領域にも広がりをみせている。例えば最近では大阪公立大学などの研究グループが、高品質なネコのiPS細胞の作製に成功したと発表した。同研究チームは、23年にイヌのiPS細胞作製にも成功している。研究が不十分で、現状では手探りの面も多いペット医療において、急速に治療レベルが進展する未来も見えている。
加えて、25年の大阪・関西万博においてもiPS細胞は、目玉のテーマの一つに位置づけられている。そもそも万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」であり、鉄腕アトムなどのキャラクターが最新の医療技術を紹介するパソナグループ <2168> [東証P]のパビリオンでは、iPS細胞から作った「ミニ心臓」が展示の中心だ。
●中核を担う大手医薬品メーカーの戦略的投資
改めて関心を引き寄せる動きが多方面で相次いでおり、株式市場でも「iPS関連銘柄」がテーマ買いの対象となりそうだ。第一三共 <4568> [東証P]などの大手医薬品メーカーが関連銘柄の中核であることは間違いがない。第一三共はクオリプス <4894> [東証G]に出資しており、他家ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートの全世界での販売オプション権に関する契約を締結した。
アステラス製薬 <4503> [東証P]は白血球型抗原不適合の問題を解決するため、ユニバーサルドナー細胞技術を開発する米Universal Cellsを買収したほか、人工知能(AI)画像診断技術を持つエルピクセル(東京都千代田区)と共同で細胞培養技術の効率化に取り組んでいる。
武田薬品工業 <4502> [東証P]と京都大学iPS細胞研究所との共同プログラムにおいて、iPS細胞由来心筋細胞などの実用化を目指すため、オリヅルセラピューティクス(神奈川県藤沢市)が活動している。住友ファーマ <4506> [東証P]は京都大学iPS細胞研究所との共同研究で、高品質な臨床用iPS細胞の製造技術を開発した。
このように大手医薬品メーカー以外でも、スタートアップ企業やiPS細胞の受託製造などを手掛ける企業からは目が離せない。今後、マーケットの視線を集めそうな企業8銘柄をリストアップした。
●iPS細胞分野でカギを握る8銘柄
◆Heartseed <219A> [東証G]~重症心不全患者を対象としたiPS細胞由来心筋球移植治療をはじめとする再生医療等製品の研究・開発を行う慶応義塾大学発の 再生医療バイオベンチャーである。今年10月には、他家iPS細胞由来心筋球(HS-001)の国内第1/2相治験(LAPiS試験)において高用量群1例目の安全性評価委員会によるレビューが完了し、高用量群投与の継続が可能となった。
◆クオリプス <4894> [東証G]~大阪大学発ベンチャー。iPS細胞由来のシートによる世界初の重症心不全治療法開発に注力している。ヒトiPS細胞由来心筋細胞シートは、iPS細胞から心筋細胞への分化誘導(幹細胞を異なる細胞種に変化させること)を経て、大量作製及びシート化などの独自技術を用いて作製するもので、現在の内科的治療では治癒しない重症心不全の治療を目的とした再生医療等製品である。なお、同社は17年9月に第一三共と共同研究開発契約を締結している。
◆ブルボン <2208> [東証S]~「ルマンド」などのビスケットを中心とした菓子の製造販売を手掛ける。子会社のブルボン再生医科学研究所では、菓子に係る「糖」の研究で培った知見を活用し、iPS細胞や胚性幹(ES)細胞などの幹細胞を培養する際の必須アイテムとして、増殖抑制効果のある培地Xyltech BOF-01を開発している。これにより、細胞の増殖スピードをコントロールすることが可能になった。
◆テクノプロ・ホールディングス <6028> [東証P]~技術系人材サービス大手。社内カンパニーであるテクノプロ・R&D社では、化学・バイオの研究開発や受託試験に特化して事業を行っており、約1500人の研究者を正社員として擁し、大手製薬企業や化学企業を中心に大学研究室・官民の研究機関などに、サービスを提供する。23年3月には、iPS細胞由来の再生医療等製品の開発事業とiPS細胞技術の利活用事業に特化した研究開発型企業であるオリヅルセラピューティクスと、iPS細胞関連技術を用いたサービス提供に関する業務提携に合意した。
◆シンフォニア テクノロジー <6507> [東証P]~独自のモーションコントロールとエナジーコントロール技術をベースに、半導体、自動車、航空宇宙、産業ロボットなどさまざまな分野に製品を提供する。今年5月には、慶応義塾に世界初のスマート化自動細胞培養装置を納入したと発表。同装置は工程を監視しながら全自動で医療用の細胞を製造することが可能である。
◆ニコン <7731> [東証P]~子会社のニコン・セル・イノベーションでは、再生医療用細胞から遺伝子治療用細胞まで、幅広いニーズに応える細胞受託生産サービスを提供している。ハートシードから治験用のiPS細胞由来心筋細胞・心筋球の製造を受託している。
◆リコー <7752> [東証P]~東京大学とiPS細胞を使った神経細胞の作製に成功している。この神経細胞は「認知症治療薬」の創出につながる可能性がある基礎研究の成果であり、同社はこの研究にとどまらず、「iPS創薬」と呼ばれる分野をサポートする研究開発や事業化を積極的に進めている。
◆キヤノン <7751> [東証P]~今年9月、京都大学iPS細胞研究所を中心とする研究開発プロジェクト「高品質人工血小板の連続製造システムの研究開発とその実用化」に参画すると発表した。iPS細胞から人工的に血小板を連続製造するシステムの確立と実用化を目指し、重要な医療資源である血小板の安定供給と治療の質の向上を図ることを目的としている。同社は画像診断事業を主力としたメディカル事業に注力しており、その一環として、細胞製造装置の技術開発を推進している。
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