“PAST < FUTURE” は安室奈美恵が2009年12月にリリースしたアルバムのタイトルである。「パスト、小なり、フューチャー」とでも読むのだろうか。PAST(過去)よりFUTURE(将来)が大事、というメッセージは、色褪せた本人の写真を引き裂いているCDジャケットからも明らかである。“PAST < FUTURE” は、170万枚を超えるセールスを記録した前作のベスト・アルバムに続いてリリースされたオリジナル・アルバムだった。過去の栄光を捨てるのは難しい。ましてや、自身の絶頂から一歩も二歩も退いたポジションにいればなおさらである。それゆえに、PAST(過去)よりFUTURE(将来)が大事、というメッセージはとてもカッコよく響く。
株式市場においても、将来は過去より、そして現在よりも大事である。本日、8月来の安値に沈んだ日本株相場の解説で、「世界景気減速懸念と業績先行き警戒で素材、輸出など景気敏感株中心に下落」というフレーズをあちこちで目にするが、本当に「先行き」を警戒した下げなのか疑問である。
昨日のダウ平均は100ドル超の大幅安となったが、そのきっかけのひとつがIMFによる世界景気見通しの下方修正だと云われる。しかし、IMFの下方修正は昨日の日本時間から伝わっていた話であり、ダウ平均は軟調ながらも朝方はもみ合いで推移、取引開始から1時間あまり経過してから急速に下げ足を速めたのである。これはどうみても「IMFによる世界景気見通しの下方修正」が嫌気されたのではないだろう。むしろアルコアを皮切りに始まる決算発表シーズンを控えてのポジション調整売りが、ちょっとした弾みで勢いが加速したというのが実態ではないか。なにしろダウ平均は2007年12月以来、4年10カ月ぶりの高値圏にある。リーマンショック後の回復期で初の減益が予想される決算発表シーズンを前に、売りが嵩みやすいのは当然のことだろう。
IMFが発表した世界経済の成長率は2012年が3.3%、13年は3.6%に鈍化する見通しだ。欧州債務危機が深刻化した影響だとしているが、それって、改めて驚くようなことだろうか。あと残すところ3カ月もない今年の成長率が欧州危機の影響で鈍化するというのは、ある意味、「終わった話」ではないか。少なくとも、まともな相場だったらそう捉えるものだ。PAST(過去)よりFUTURE(将来)が大事ではないか。2013年は3.6%と、悪かった今年よりも良くなる見通しである。地域別に見ると、米国の成長率は、今年、来年ともに2%をやや上回る程度と予想。ユーロ圏は、今年は0.4%のマイナス成長だが来年は0.2%のプラス成長に転換、中国も今年は7.8%だが来年は8.2%と再び伸びが加速すると予想している。つまり、残り3カ月弱の今年と来年を比べると、来年のほうが良くなるというのがIMFの世界景気見通しである。
IMFの景気見通しとほぼ同時に発表された世界銀行のレポートも、今年の中国の成長率見通しを従来の8.2%から7.7%に、2013年も従来の8.6%から8.1%へと引き下げた。しかし、今年より来年が良くなると見ている点は同じである。その背景として、景気刺激策が効いてくることや、国際貿易の回復などの要因を挙げている。
すでに中国の景気刺激策が効果を表していると思われる兆候がある。当社チーフ・エコノミストの村上も以前から指摘しているが、中国の鉄鉱石輸入価格が明確に反発してきている。特に、国慶節の連休明けの2日間で12%も値上がりした。9月初旬につけた安値からはすでに35%の上昇である。各種鋼材価格も上昇している。鉄鉱石などを運ぶバラ積み船の運賃指標であるバルチック海運指数は9月28日から10月8日まで7連騰となり、9月半ばの安値から、やはり3割強上昇している。
こうしたことに加えて昨日の日経新聞は台湾景気底打ちの兆しと報じている。9月の輸出額が前年同月比10.4%増と7カ月ぶりの増加に転じた。台湾の輸出額は世界のIT景気の先行指標とされるだけに見逃せない動きである。全体の3割を占める中国向け輸出が約12%伸びた。中国で低価格のスマホ市場が急拡大するなどスマホ需要が牽引しているという。
世界景気の減速懸念が株式市場の重石だと云われる。しかし、冷静になって考えれば、「世界景気」とはどの地域の景気を指して云うのだろう。確かに日本の景気は踊り場に差し掛かり、日中関係の悪化で企業の中国ビジネスは苦戦を強いられる。しかし、米国ではISM景況感指数やコンファレンスボードの消費者信頼感指数などが示すように企業・消費者のマインドが回復するなか、住宅市況の底入れは鮮明になり、自動車も売れ続けている。失業率は2009年以来の7%台に低下した。欧州も債務危機は沈静化している。そしてもっと悲観的な景気減速が語られる中国も今後持ち直す兆しが見えてきた。
「今」足元で感じる(あるいは伝えられる)景況感は悪いかもしれないが、「将来」に目を転じれば日本の外部環境は改善する方向にあると捉えるべきだろう。
そう考えれば、業績下振れ懸念というのも悲観的過ぎる。日本企業の業績修正の傾向が、米国のISM製造業景況感指数と連動性が高いというのは周知の事実である。しかし、このデータは、日本を代表する某大手証券のストラテジスト氏がテレビ解説などでさんざん使うものだから、彼の「専売特許」みたいで、なかなか使用するのが憚られてきたところがある。先日、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」の番組関係者のパーティーがあって、そのストラテジスト氏にお会いした。
「イヤー、○○さんが、いつもISMとリビジョンの図を使うものだから、こっちはパクリと思われるのが嫌で使えないじゃないですか~。」
「でも、広木さん、ぼくが使ってるのは弊社のアナリストのリビジョンだから、別なデータを使えば同じものにはならないじゃないですか。」
なるほど、云われてみればその通り。お墨付きをもらったので堂々と出すが、グラフ2はQuickが集計しているリビジョン・インデックス、QuickコンセンサスDIである。米国のISM製造業景況感指数と連動性が高いことが見て取れよう。もう少し、短期的な動きにフォーカスを絞ってみよう。グラフ3はIFISジャパンが集計しているリビジョン・インデックスであり、週次のデータである。ISM指数は月次データだから、同じ値を4週ないし5週引き伸ばしてある。これを見る限り、短期的にも概ね連動性が保たれているし、かつISM指数が若干ながら先行性がある。なんだかんだ云ってもアメリカの企業マインドが世界景気のリーディング・インディケーター(先行指標)であり、これが上向けば日本の企業業績の下方修正にも一巡感が出るということは、直感的にも理解しやすい事実ではないだろうか。
現在の日本株式市場は極端な弱気と悲観論に支配されており、見方があまりにも短視眼的過ぎるように思える。あるいは週末にSQを控えて「確信犯的に」弱気相場を演出しているのだろうか。構造問題を議論する場ではないと知りつつも、少しだけ嘆きをご容赦願いたい。80年代バブルをやり過ぎたために、その後長きに渡るバリュエーション調整が必要だった。それが日本経済、日本株の「失われた20年」だった。この長期停滞が「日本株離れ」を招いた。成功体験が誰にもなく、日本株は儲からない資産の代表格になった。それが現在の投資家不在の状況を生んでいる。市場に投資家がいない。だから、見方が一方に偏ったまま、それを是正・修正する動きが入らない。
市場に関わる者にとって、市場は常に正しい。それは黄金律である。しかし、あえて云う。ここまで歪んだ日本株式市場は間違っていると。少なくとも、約5年来の高値圏にある米国株が、決算発表を控えたポジション調整で少し(0.8%)下げただけで、安値圏に沈んだままの日本株がそれに追随するどころか、ダウ平均の下落率の倍以上(約2%)も下げるというのはどう考えても行き過ぎである。まして、その理由が、漠然とした(具体的なデータに基づかない)世界景気の先行き減速懸念というものなら、なおさら「歪んでいる」としか表現のしようがない。
嘆いてばかりでは始まらない。物事の良い面を見るようにしよう。こんな日本株相場だが、先行して売られた銘柄に自律反発の動きが出始めた。米国でインテルが投資判断引き下げで大幅安となっても、東京エレクトロンや大日本スクリーンなど半導体製造装置株は反発した。日産自やコマツなど中国関連株も押し目買いが入って切り返しに転じてきた。もちろん、売られ過ぎの反動に過ぎないわけだが、こうした動きが見られたことは相場全体の底入れがそう遠くないシグナルである。SQを通過し、米国企業の決算が予想の範囲内に収まれば、あく抜け感が出てもよいだろう。