疑問符だらけのまま、米国大統領選挙が決着した。戦後2番目の高投票率の中、トランプ氏が圧勝した。得票数においても、上下両院議員選挙においてもトランプ主導の共和党が勝利し、トランプ氏は大きな政策実行力を得た。8年前には泡沫候補として登場したトランプ氏が、大半のメディアと専門家の予想を覆してヒラリー・クリントン氏を僅差で破ったことは驚きであったが、その後の8年間に一段とトランプ氏にまつわる毀誉褒貶が強まった。
スキャンダルにまみれ、4つの刑事裁判で訴追が進行中であり、1年前までは大統領選挙に出馬することすら無理と見られていた。前回2020年の大統領選挙ではバイデン氏の勝利を「盗まれたもの」と認めず、怒った群衆をたきつけて議事堂侵入を引き起こし死亡者まで出た騒擾の呼びかけ人であった。民主党の「トランプは民主主義の敵、トランプが勝てば民主主義は終わる」との主張は、十分説得力を持つかに見えた。この悪評まみれのトランプ氏の何に、有権者は信任を与えたのだろうか。
米国有権者は人格、民主的作法に大いに疑問があっても、なおトランプ氏を選んだ。それほど大きなメリットをトランプ氏に見出していた、と考えないわけにはいかない。それは政策を置いてほかにない。実は政策においては、人々は圧倒的にトランプ氏を支持したのである。トランプ氏が約束した「MAGA、アメリカを再び偉大にする」、勝利宣言で述べた「米国の黄金時代が到来する」という展望を、大言壮語としてではなく、実現可能なものとして、期待したからに違いない。実際、株式市場は選挙後も史上最高値を更新し続けている。
トランプ氏はイーロン・マスク氏を政府効率化省「DOGE(Department of Government Efficiency)」のトップに指名した。DOGEは組織も建物もないが、マスク氏は既存の行政組織OMB(行政管理予算局)を采配することで、行政の効率化と予算削減を行う、と報道されている。マスク氏は2兆ドルの削減が可能だと言うが、そこまではあり得えないだろう。無視できないのは、マスク氏に実績(前科)があることである。2021年にツイッターを買収し、従業員を8割削減するという大ナタを振るった。それは労働強化ではなく、業務の効率化と新技術の活用によって実現した。マスク氏は同様のことは、行政機構においても可能である、と考えているのであろう。
確かにAI(人工知能)の進歩は驚異的であり、我々が最新の技術を装備すれば、信じがたい効率化が可能になる。それを阻んでいるのは旧来の既得権益と慣習である。既得権益には、人権、マイノリティ保護などリベラルの衣を着ている主体も含まれている。DEI(多様性・公平性・包摂性)という口実そのものも、経済発展の阻害要因になっているという認識である。
今や日進月歩の技術進歩を実装し効率を上げる競争は、企業間のみならず、国家間の雌雄を決する要素である。そうしたリストラは、コスト削減以上に業務の効率化とスピードアップをもたらし、競争力を決める決定的要素となる。現状においてすら、最も規制が少なく、労働と資本が流動的で最もイノベティブな米国が、一段と効率化するなら、それは競争相手にとって恐るべきことである。トランプ氏とマスク氏がこれほどまでに規制緩和と既得権益の打破にこだわるのには、十分な技術的・経済的正当性がある、と言ってよいであろう。
トランプ氏、マスク氏が共有する徹底した反権威主義、自立自尊の開拓者精神は米国の歴史上に度々登場し、経済社会の舵を切ってきた、と言われている。1820年代のA・ジャクソン大統領、1980年のR・レーガン大統領などはその代表例であろう。彼らはリアリストであり、力の信奉者でもあった。トランプ氏、マスク氏が共有するスローガン「多数意見は、勇気ある一人が創る」はジャクソン大統領の名言でもある。
日本経済新聞コメンテーターの中山淳史氏は、トランプ氏とマスク氏が、徹底して規制を嫌うリバタリアニズムの主唱者、アイン・ランドの思想に共感していると指摘する。「アイン・ランドは激動期の旧ソ連からの亡命者で、『一握りの才能ある人間が世界を支え、人々に繁栄と幸福をもたらす』という世界を描いて『規制と凡庸な人々こそが才ある人間を殺す』とのメッセージを込めた。」「米国では連邦準備理事会(FRB)議長だったグリーンスパン氏をはじめ、世界観を支持する経済人が意外に多いといわれている。」「小説の底流に流れる思想は規制を徹底的に嫌うリバタリアニズムという考え方だ。」(11月14日付日本経済新聞)
2024年ノーベル経済学賞は、歴史と制度分析を経済学の領域に取り込んだことにより、ダロン・アセモグルMIT(マサチューセッツ工科大学)教授など3名が受賞した。アセモグル教授は、「私的財産の保護、機会の平等、自由な市場経済などの政治経済の仕組みを持つ国こそがイノベーションを生み、繁栄を実現できる。権威主義的な政治制度は創造的破壊の芽を摘むため、長期的な成長には結びつかない。法の支配が貧弱な社会、国民を搾取する制度は支配者に特権を与え、人々を隷属させ続ける。一見改革に見える変化が起きたとしても、支配者が入れ替わるだけで停滞が続く」と主張している。そのためにこそ、機会均等を維持する規制緩和と既得権排除が必須であるという意見である。氏の所説に従えば、米国固有のDNAとたゆまぬ改革により米国資本主義というエコシステムが進化してきたのである。規制緩和を進め、既得権益化を排除するというトランプ氏やマスク氏の主張は、米国の資本主義の源流に根差している、とも言える。このように見てくると、「MAGA、アメリカを再び偉大にする」、「米国の黄金時代が到来する」という展望は現実味を帯びてくる。
株式市場に目を転ずると、現在は1995年に多くの点で類似している。1995年は1996年12月の根拠なき熱狂(グリーンスパン議長)を経て、2000年のITバブルに向かう上昇相場の起点であった。類似点とは、(1)利上げ終了後に高い実質金利が維持されたこと、(2)長期金利も抑制されイールドカーブのフラット化が長期化したこと、(3)ドル高が続いたこと、(4)技術革新(当時はインターネット革命、今はAI革命)の進行が旺盛な投資をけん引したこと、などである。2025年は米国株式のアップサイドポテンシャルに留意したい。
(2024年11月15日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン369号」を転載)
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