円キャリーではない、バフェットキャリーだ

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最新投稿日時:2022/06/30 20:11 - 「円キャリーではない、バフェットキャリーだ」(みんかぶ株式コラム)

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円キャリーではない、バフェットキャリーだ

著者:武者 陵司
投稿:2022/06/30 20:11

―日本資産デフレの最終章―

日銀YCC政策に挑戦したヘッジファンド

 世界の中央銀行が軒並み金利引き上げに走る中で、唯一緩和姿勢を厳守している日銀との対比が鮮明になっている。

 この世界トレンドから孤立したイールドカーブコントロール(YCC)という日銀政策に無理があるとするヘッジファンドの投機ポジションが、市場を揺さぶっている。英ヘッジファンド、ブルーベイ・アセット・マネジメントは、10年国債利回りを0.25%に抑えるYCCは円の急落を招き、日銀は円安阻止のためにYCC政策の放棄と、10年国債利回りの上昇を容認せざるを得なくなると読み、日本の国債売りを仕掛けている。

 中央銀行の政策にヘッジファンドがチャレンジするという事態は、1992年のジョージ・ソロス氏のイングランド銀行(BOE)への挑戦を思い起こさせる。今回も1992年当時と同様に日銀がヘッジファンドに敗れ金融政策の変更を余儀なくされるとの観測が、市場を不安定にしている。実際、日銀のYCCの外にある超長期債利回りは急上昇し、市場金利に大きなゆがみが表れている。

 世界金利のアンカーである日銀がヘッジファンドに敗れて政策変更を余儀なくされれば、その連鎖は世界金融市場を揺り動かす。円売り、日本国債売り、株売り、まさに日本売りだ、日銀売りだ、と言う投機筋の声が聞こえる。

1992年英国のような二律背反はない

 しかし、今回の日銀は1992年当時のBOEのようなジレンマに陥ってはいない。1992年のイギリスは通貨安を容認するか、景気対策としての金利引き下げをあきらめるか、の二律背反状況にあった。

 1990年にイギリスは為替変動幅を基準レートの±2.25%に収めることを義務付けるERM(=European Exchange Rate Mechanism 欧州為替相場メカニズム)に加盟しており、通貨安を引き起こす利下げという選択肢はなかった。しかし、イギリスがERMの盟主であるドイツによって金融政策を縛られるという状態に持続性はないと読んだジョージ・ソロス氏はポンド売りを仕掛け、イギリスは利下げを選択してERMから離脱した。ソロス氏は巨額の利益を手に入れた。

円キャリートレードの活発化と限界

 日銀も投機筋に敗れるという思惑は、低金利の円で資金を調達し、高いリターンの外貨資産に投資する運用、つまり円キャリートレードを引き起こし、日本国債売り、円売りの連鎖を引き起こしている。これに弾みがついたことで、円安が加速する局面がしばらく続いていくかもしれない。

 しかし、金利差と為替レート差の両方で利益が得られるダブルキャリーの状態は永遠には続かない。第一に、ドル円レートは購買力平価から4割も乖離した史上最安値状態にあり、いつでも高所恐怖症を引き起こすレベルにある。第二に、米国の金利上昇を引き起こしているインフレも既にピークアウトの状態、これ以上の日米金利差拡大は起きないかもしれない。第三に、そもそも円安は本質的に日本経済と雇用・投資にポジティブであり、2%のインフレ定着を目指す日銀が円安を止めなければならない理由はない。特に参院選挙が終われば、選挙政策としてのインフレ・円安対策の重要性は下がってくる、などの事情がある。

 円高への反転リスクも相応にあり、ここで円安にベットする戦略が大きな趨勢になっていくとは思われない。

バフェットキャリーの威力

 ブルーベイ・アセット・マネジメントのポジションの問題は、日本国債ショートにあるのではなく、円キャリーにある。2%のインフレターゲットが実現し、日銀がYCCを停止する時期はいずれ訪れる。とすれば、10年債利回りはYCC上限の0.25%を大きく下回る可能性は小さく、長期的にはYCCが変更されて0.25%を上回っていく可能性が高い。0.25%で10年国債をショートする(=調達する)ポジションは的外れとは言えない。

 問題は、日本国債ショートで調達した資金をどこで運用するかである。外貨資産ではなく、日本国内のハイリターンアセットに回せば大いなる利益を得られる可能性が出てくる。これを(運用スタイル、投資期間の違いはあるが)「バフェットキャリー」と呼んでみよう。

 それまで一貫して日本株投資に後ろ向きであったウォーレン・バフェット氏は2020年8月、約60億ドル(6400億円)を投じて大手商社5社の株式(時価総額合計14兆円)の5%超を取得した。2020年8月末、5大総合商社の株価は640~2724円だった。現在の株価が1216~3959円である5大総合商社投資分の評価金額は1兆円を超え、投資して2年足らずで2倍近いパフォーマンスを実現したと見られる。

 バフェット氏の投資資金は2019年9月、2020年4月の合計6255億円の円建て債発行で調達されている。そのコストは平均ゾーンの10年債では利率0.44%、それに対して商社各社は配当利回りだけで4~6%という超ポジティブキャリーの状態にあった。これに資源価格急騰に連動した株価の値上がり益が加わり、大きな成果が得られた。

バフェットキャリーの次のターゲットは不動産か

 円資金調達、円資産投資というバフェットキャリーの有効性を証明したと言える。これからバフェットキャリーの運用対象として有望なのは不動産、J-REIT、日本株(特に高配当のバリュー株)であろう。ブルーベイ・アセット・マネジメントは日本国債ショートで調達した資金を、高いリターンを持つ日本資産に振り向ける運用に踏み切るかもしれない。

 まずはグローバル投資家の円資金調達による不動産投資が期待される。日本の不動産価格は世界の趨勢からかけ離れて低迷しており、他国に比し著しく割安になっている。また、2010年以降の金利低下趨勢の中でもキャップレート(投資事業利益/不動産価格)は高水準を保っており金利との乖離が拡大、相対的な投資魅力が高まっている。

 実際、海外からの不動産投資需要が高まっている。2020年10月~2022年3月に決済された10億円以上の国内不動産案件の集計による投資額上位20社をみると、そのうち10社が海外投資家(大半がファンド)となっている (東洋経済6月25日号)。これらの多くが円での資金調達をしていると推察される。

日本株ブームの鏑矢になる可能性

 商社から始まり、いま不動産で大きく飛躍しようとしているバフェットキャリーは、広範な日本株式への外国人投資の鏑矢となるのではないか。それこそ日銀が希求し続けてきたポートフォリオリバランスを通しての、資産デフレ脱却を確実にする。2008年以降の日本の不動産価格の推移をみると、黒田日銀の異次元金融緩和以降、大きく上昇に転じ、今回のYCC堅持により一段と弾みがつく趨勢にあることがうかがわれる。

 経団連による調査では、大手企業105社の夏のボーナス上昇率は13.8%と1981年以来最高の伸びとなっている。賃金上昇率も高まり2%インフレターゲット達成が視野に入ってくるかもしれず、今は円での資金調達のラストチャンスとも考えられる。

 ヘッジファンドによる日本国債ショートは日本売りではなく、日本株買いにつながる動きだと考えるべきだろう。

(2022年6月27日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン308号」を転載)

配信元: みんかぶ株式コラム

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