(4)米国で進化を遂げつつある株式資本主義
米国の株式を中心とした金融を考えると、米国の資本主義がどうも新しい段階に進化しているのではないかという仮説にたどり着く。
株式市場が資金調達の場から所得還元の場に変わった
第1に株式市場の役割が変わった。かつては株式市場、より広義には金融市場の役割は、家計の貯蓄を銀行が預金として受け入れ、銀行がそのお金を企業に貸し出すことで運用するという循環が主たるフローであった。ところが、今の米国では企業の利益を株主に返す、その株主に返したお金がさまざまな経済循環の起点になる、ということが起こっている。
株主還元から資金循環が始まる
2015年から2020年までの6年間のアメリカの企業部門(金融を除く)の資金フローを見ると、利益合計が6.17兆ドル、これをどれほど株主に返還したのかと言うと配当で3.6兆ドル、自社株買いで2.5兆ドル、合計で6.14兆ドルを株主に返している。驚くべきことに、アメリカの企業は儲けをまるまる株主に返している。
株式市場はかつては企業が資金を調達する場だったが、今は企業が所得を株主に返す場になっているという、転倒現象が起こっている。この企業による自社株買い、あるいは株主還元が、大幅な株高をもたらして家計貯蓄の大幅な増加をもたらしている。
リーマン・ショック以降の米国における主体別株式純投資額の推移を見ると、この間の7倍という大幅な株高をもたらしたのは、唯一企業の自社株買いだけであった。年金など機関投資家は大幅売り越し、家計もほぼサイドラインであった。
米国家計のバランスシートにおいて、純財産額はリーマン・ショック直後のボトム2009年第1四半期に56兆ドルであったものが、2021年第2四半期には141兆ドルと11年で85兆ドル増えた。85兆ドルというのは、アメリカのGDPの4倍近い額であり、この巨額の資産増加が米国家計の強気な消費を可能にしたエンジンであった。このように資金循環の起点が自社株買いを通した株主還元から始まっているということが重要である。これは従来の株資本主義のフレームワークの逸脱である。
時価総額ポートフォリオが将来投資を決める
2つめに、将来を決める投資の推進力が大きく変わった。かつては銀行が融資ポートフォリオを通して将来の投資を決めていた。銀行家はこの企業、この経営者、この商品に将来性があるということで融資をすると、そこで投資が始まり好循環が引き起こされていた。
しかし、今や銀行の借金で投資をする時代ではなくなり、代わって株式の時価総額ポートフォリオによって将来投資が決められていく。株価が高い企業は自動的に資金力が強くなり、自動的に投資が可能になり、自動的に株価が描いている将来の成長を実現して行く、ということが起こっている。
それが端的に表れているのが、例えば自動車産業である。今やテスラ
配当と値上がり益が最大の貯蓄増加手段に
更に、家計貯蓄は米国では主として株価上昇と配当によって増加してきた。日米の年金保険の準備金を除く家計金融資産の内訳を見ると、米国では72%が株式・投信であり、現預金は18.7%に過ぎない。配当と値上がり益が圧倒的に家計の資産形成に寄与してきたことは明らかである。
ちなみに日本はそれとは真逆で、株式・投信の割合は2割以下、現預金が75%ということで、日本はアメリカの株式資本主義に比べるとだいぶ遅れているということが言える。
こうしたことの帰結として、企業の経営者は、何よりも株価によって評価されることになる。つまり、株価中心の金融が今のアメリカではもはや定着している現実なのである。
振り返ると資本主義は大きく変態してきた
(A)19世紀産業革命後のイギリスは、労働者が搾取され、階級対立が深刻化するというマルクスが描く古典的資本主義の時代であった。
(B)しかし、20世紀に入り米国では所有と経営が分離され、テクノクラートとしての経営者が登場した。また、株主は少数の富裕者(資本家)から多数の零細資金を糾合した機関投資家が中心になった。株主の委託を受けた機関投資家が経営を監視するという、受託者責任の時代に入る。資本を持つ者と持たざる者の対立は影が薄くなった。
(C)そして今、家計が労働者と株主(所有者)を兼ね備える時代となり、インターネットが資本の最適マッチングを果すという、新たな時代に入っているようである。
(5)リスクは株式資本主義を否定する政策
株価バブル説が政策に受け入れられれば、自己実現的にバブルになる
株は乱高下するリスクの高い資産である。これは貯蓄手段としては望ましくないという議論をする人がいる。また、米国の株価はPBR4倍と主要国の中では突出して高くなっている。さらに株式時価総額のGDPに対する米国の比率は240%と過去の平均から大きく乖離している。このような尺度から見ると、米国株価がバブルに見えることは無理もない。
では、これがバブルで潰れるかどうか。いったい何を見極めればよいのかというと、それは政策に尽きるだろう。これがバブルだ、危険だと認識し、株式中心の金融を抑制し禁止する政策をとれば、株価が暴落し大不況になり、結果として、これはバブルであったということになりかねない。そのようなことを主張しているのが、アメリカ民主党のエリザベス・ウォーレン議員などの左派、いわゆるプログレッシブと言われる人々である。彼らは自社株買いを抑制し、金融所得に増税をするなどという形で株価中心の金融のあり方を変えようとしている。
幸いなことに、その議論はアメリカの政策当局も、市場も、多くのエコノミストも支持していない。したがって、今のアメリカの株式中心の金融のあり方は存続し、結果として株高が正当化されるということが続いている。もちろん、株高を正当化するだけの企業における充分な価値創造もある。だから大丈夫なのだというのが、武者リサーチの主張である。遠い将来、この株式中心の金融のあり方を変えようとする政治的な動きが出てきた時には、警戒をしなければいけないと思われる。
日本では岸田政権が「新しい資本主義」を提起している。しかし、岸田政権が主張する新しい資本主義は、今、アメリカで展開されている株価中心の株式資本主義とは全く異質なものである。むしろ、それに異を唱えるような、アメリカで言えばエリザベス・ウォーレン氏などの左派の人々の主張している政策が部分的に盛り込まれそうである。
例えば、金融所得増税、このような政策を岸田政権が打ち出すとすれば、これはアメリカに大きく遅れをとっている日本を、さらに遅れさせる大きな要因となりかねない。2022年、日本の金融に関する政策をウォッチしておく必要がある。
本質的には、恒常的資金余剰を解決する政策が求められる
最後に、株式資本主義の枠組みを守り発展させることが望ましいが、恒常的カネ余りが放置され、株式への偏った資金流入が続くことで、投機化しないようにすることが大切である。
本質的な解決策は、成長率を高め資金余剰状態を解消し、金利が上昇する環境を作り出すことである。財政政策やユニバーサルベーシックインカムなどの社会的セーフティネットの構築、グリーン投資などを駆使した需要創造が求められる。それにより過度の株式市場への投資偏重が是正される必要があるだろう。政治、政策への期待が大きく高まる時代である。
(2021年12月9日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン296号」を転載)
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