2022年、経済と市場は引き続き明るい年になるだろう。コロナパンデミックからの正常化が進展し、イノベーションが加速するのに加えて、マイルドなインフレとフレンドリーな金融政策の下で、リスクテイクを促進する環境が続くと考える。
市場を巡る不確実性が大方消えてきた。米中対立は依然として熾烈だが、経済面では持久戦の様相が強まり不透明感は消えつつある。また、コロナパンデミックも、オミクロンなど変異種の相次ぐ誕生から制圧には至らないものの、経済への悪影響は減衰している。米国大統領選挙など大きな政治的イベントも一巡した。最大の不確実性はアメリカ株バブル説ではないか。
(1)安易にバブルと言うな
真正バブルは1929年米国、1989年日本のみ
あまりバブルという言葉を乱発しない方がいいのではないか。おそらく現代の資本主義で、本当の意味でのバブルであったのは、1929年代初頭大恐慌直前のアメリカ、そして1989年の日本株式の2つだけである。それ以外は2000年のITバブル崩壊も、あるいは2008年のリーマン・ショックも、株価は暴落したが、バブルではなかった。バブルとは持続不可能な水準まで株価が上がり暴落したまま低迷するということなのだが、2000年も、2008年のリーマン・ショックも、その後数年で株価は過去のピークを取り戻した。株高は持続不能とは言えなかったということは、今振り返ると明らかである。
武者リサーチは2008年の暴落のさなかでも、株価はバブルではないと主張し続けた。たまたま政策と人々の期待のすれ違いから買い手が蒸発し、株価が大きく下落したが、株価が大暴落する実体的な根拠はないと考えたからであったが、これは正しかった。なぜ、1929年の米国、1989年の日本の2つバブルが起きたのだろうか。2つの理由が考えられる。第1は稼ぐ能力の喪失、その前提として大不況、2つ目のもっと重要な理由は、政策レジームの逆噴射である。
バブル崩壊の主因は政策の逆噴射、放置された信用収縮
1929年以降のアメリカの大暴落の背景にあったのは、金本位制にとらわれて信用収縮が続いたことである。金本位制に縛られたままでは、信用収縮を転換させることはできなかった。では、1989年の日本の株価暴落・バブル崩壊の背景は何かというと、それまでの日本の信用創造の中心にあった土地本位制が完全に崩れ、それを中央銀行がサポートしたために土地価格の下落を起点とした信用収縮が、何年にもわたって続いたことである。
では、今そのような条件があるのか?まず、稼ぐ力はデジタル革命によって極めて力強いことは説明するまでもない。また、金融レジームに関しても、司令塔であるFRB議長ジェローム・パウエル氏、米財務長官ジャネット・イエレン氏の二人は、現在の金融レジームのサポーターである。信用創造を促進しリスクテイクを支えるフレームワークは、おそらくこれからも維持されていくと思われる。こう考えれば今の米国株式はバブルではない、と結論づけられる。
以下ではそのより具体的根拠を、第1に2022年も長期的金利低下趨勢が続き、フレンドリーな金融政策とゴルディロックス(適温)相場が続くと予想されること、第2に米国で新たな資本主義と見られる動きが台頭していること、の2点から説明する。
(2)2022年の米国金融環境、高インフレは定着しない
2022年の金融環境を楽観的に考えられる第1の理由は、今のインフレが一過性であること。第2の理由は、長期的な金利低下の趨勢が続き、経済や金融のアンカーになるということである。あえてリスクを考えれば、短期的なインフレ高進に対してメディアや政策当局が不満を高め、過剰な引き締めが一時的金融ショックを引き起こすという可能性である。
米国のインフレは一過性
今のインフレはほとんどがサプライチェーンの寸断による供給制約に主因があると言ってよい。コロナ禍で安易に雇用削減をした結果、トラックの運転手が不足し、コンテナの循環が止まってしまった。それがコンテナを満載した船が港の外で立ち往生するという事態をもたらしている。
このようなサプライチェーンの問題、つまり供給制約によって引き起こされる物価上昇は金融政策では抑えられないということは、経済の歴史が我々に教えてくれる。金融引き締めで需要収縮を誘導してもサプライサイドの制約は消えない。このことを米国の政策リーダーも、市場も理解している。
本当に持続的なインフレが起きるとすると、それは賃金上昇と物価上昇のスパイラルである。賃金が際限なく上がり始めるかどうか検討してみる。米国の労働参加率を見ると、コロナが起きる前の63%から一気に60%まで落ち込み、いま回復したとはいえまだ61%台、つまり労働市場から離れた労働者が半分は戻ってきていない。基本的には潜在的労働力余剰が充分にあるといえる。しかしながら、不思議なことに、米国の中小企業求人未充足率は過去最高であり、企業の求人難は空前のレベルに達している。さらに、米国の離職者数はコロナ前の水準どころか、史上最高の水準まで高まっている。
この一見不可解な現象をどのように読み解けばいいのだろうか。労働者の選択肢が大きくなり、給料や労働条件によって職を選び始めている、と言えるのではないか。
仕事を選ぶ労働者、求人難は局所的
しかし、それはすべての労働の分野において起こっていることではなく、局地的現象というのが今の特徴である。セクター別の実質賃金の推移を見ると、全体で見れば、製造業もサービス業もまだ賃金上昇傾向に入っていない。
だが、細分類のセクターを見ると、運輸・倉庫や娯楽・エンタメ部門だけ急速に賃金が上昇している。それらのセクターの中でも非管理労働者、管理職以外の人、つまりトラックの運転手あるいはレストランのウエイトレスなどの給料は大幅に跳ね上がっている。他方、通常のオフィスワークはコンピューターの発展によって省人化され、前ほど人はいらなくなっている。
アメリカの労働市場では新しい労働環境の下での労働力配置の最適化が起きている、と言える。全般的な労働需給のひっ迫が、全般的な賃金インフレをもたらすという条件でないということはほぼ明らかであろう。
時期尚早の金融引き締めには注意が必要である。時期尚早の金融引き締めでマーケットがショックを受けたのが、2018年の2月と10月の株価下落である。政策金利の上昇過程でイールドカーブ(長短金利差)がフラット化し、その後に株価ショックが起こった。 2018年の2月の株価急落の前に利上げが5回行われた。米国株式市場では「three steps and a stumble」、つまり3回までは利上げは大丈夫だが、その後株価は急落をするという格言がある。つまり、イールドカーブとその利上げの回数、この辺のところを見ておく必要がある。
(3)長期的な金利低下趨勢はまだまだ続いている、株価押し上げ効果も持続
グリーンスパンの謎、なぜ未だ続く?
1980年頃のアメリカの長期金利は15%、これが昨年8月には0.5%まで低下した。この約40年間にわたる金利低下、これがアメリカの金融市場の最も重要なアンカーとなった。これによって株価も、住宅価格も大きく押し上げられた。この長期的な金利低下の趨勢がもう終わった、これから金利上昇だ、と多くの人々は考えた。武者リサーチも昨年はそのように主張した。
ところが、この長期的な金利低下の趨勢が終わったとはいえないのかもしれないということが、今の情勢である。今年の3月1.7%まで上昇した米国10年債利回りが、その後1.2%割れまで低下し、テーパリーグ(量的緩和の段階的縮小)や利上げの前倒しが視野に入ってもなお1.4%台で推移している。2005年、相次ぐ利上げにもかかわらず一向に上昇しない長期金利を見て、当時のグリーンスパン議長は「謎(conundrum)」と呼んだが、それが今も最大の焦点の1つになっている。
なぜ自然利子率は低下し続けているのか
金利低下の趨勢を見る上で理論的尺度となっているのが自然利子率、つまり景気を加速も減速もしない中立的実質金利水準である。ニューヨーク連銀が計測している自然利子率はコロナ直後にほぼ0になり、以降発表が取りやめられているが、今はさらに大きく落ち込んで、多分マイナスになっているのではないかと推察される。自然利子率と連動し続けてきた米国実質金利(TIPS=物価連動国債利回り)が大幅に下落し、-1%以下で1年以上にわたって低迷していることはそれを示唆する。
つまり、金利低下趨勢はコロナで終わったのではなく、コロナの後もまだ続いていると考えられる。このように金利低下趨勢が続いているのであれば、まだ株価の上昇余地(バリュエーションの上昇余地)があり、ここからでも株を買えるということになる。
なぜ、長期的にこれほどまでに金利が下落を続けたのか? そして、これからどうなるのか。多くの人々はこの金利低下を見て先行き景気が悪くなるからだと考えたが、そのような見方は明らかに誤りだった。40年間金利が下がり続け、経済は基本的にブームを維持し、株価も基調的上昇を続けたのであるから、金利低下がリセッションの前兆だったとは到底言えない。
また、金利低下は債券バブルだとの説もあった。債券バブルということは、金利が急上昇してバブルが崩壊するということであるが、それがいつまでたっても起きない。債券バブル崩壊と言い続けてきた債券のファンドマネージャーの多くは、運用に失敗をしたということが見受けられた。
資本生産性上昇によるカネ余りが原因
とすれば、この長期に続く金利低下はいったい何が原因なのか。まだはっきりとした定説はないが、武者リサーチは、この金利低下の背景にあるものは顕著な金余りだ、と考える。
では、なぜ金余りなのか、それは資本生産性の上昇である。DX(デジタルトランスフォーメーション)革命、コンピューターやインターネットの活用によって労働生産性が大きく上昇し、より少ない人手でたくさんの仕事ができる時代に入ったことを多くの人は認識している。
ただし、重要なことは、経済にとって生産性は2つあることである。1つは労働生産性、もう1つは資本生産性である。経済の2大資源、労働と資本、これが新産業革命により大きく生産性を高めている。より具体的に言えば、10年前、例えば10億円であったコンピューターがおそらく今は1億円もしてない。コンピューターの値段が10分の1に下がったということは、同じ機能のコンピューターを買う資本の効率が10倍に高まったということ、これが資本生産性の上昇である。生産性が高まって人が余り、そして生産性が高まって金が余る。その金余りが長期的な金利低下趨勢を作っていると考えられる。
実際、米国企業部門の資金余剰、つまり設備投資を大きく上回るキャッシュフローが2000年代から顕著になっている。そして、コロナ以降、企業の資金余剰が一段と増加していることが明らかである。とすれば、現在の金利低下趨勢はかなり持続性があり、その低金利をベースとして株を買うというような動きには合理性があると考えられる。
金利低下を所与とすれば株価のアップサイドは大きい
ここで株と金利の関係について説明したい。米国 S&P500の株式益回り(市場価格ベースの利潤率)と10年債の利回りの推移を見ると、2000年まで両者はほぼ連動していたことがわかる。長期金利が10%なら株式の益回りは10%、PERは10倍というのが2000年までの相関である。しかし、2000年以降、金利が大きく低下したのに株式の益回りは全く連動せず、債券と株のバリエーションにギャップが起きている。
FEDモデルに基づく理論株価は、株式益回りイコール10年債利回りで計算される妥当株価水準であるが、2000年以前はこの式がほぼ当てはまっていた。今そのFEDモデルが妥当であると考えて妥当株価を計算すれば、米国長期金利が1.3%で、この1.3%の益回りで株を買えば、妥当なS&P500はいくらになるかというと1万6070ポイント、現在の4538ポイントに対して3倍となる。金利低下を所与のこととすれば、実は株価の上値余地は極めて、大きいということになる。
ここ数年、米国株式市場では、「TINA」が合言葉になっている。「There is no alternative(株以外に投資対象がない)」、投資家は運用難に陥り、株式以外に合理的に投資できる対象がなくなっている事情を示している。
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