(1) 米中貿易一時休戦、米国からの威圧強烈
一時休戦は米国の狙い通り
トランプ政権は中国農産物輸入(米国側は400~500億ドルと発表)と引き換えに、上乗せ関税を棚上げした。(第1~3弾2500億ドル分の対中輸入に対して25%かけていた関税を10月から30%に引き上げるとしていたものを棚上げ)。中国からの不公正慣行是正の約束なし、トランプ譲歩、腰砕けとの論評もなされている。確かに選挙前の手柄を買いたい姿勢を見抜かれ、小さな獲物で一時休戦したように見える。しかし、米国は何の犠牲も払っていない。中国の譲歩が不十分なら1~3弾分の上乗せ関税の復活、第4弾(2700億ドルに対して15%課税)で未実施分1600億ドルに対する課税実施、など脅迫の手立ては残している。結局、中国は折り合い、11/16、17日に予定されているチリAPECでのトランプ・習会談で正式署名という段取りが想定される。
主導権は米国サイドに
交渉の主導権は米国側にある。基本的対中要求は全く取り下げていない。今後も中国の出方次第では、関税率の引き上げというペナルティを続々打ち出すことができ、その上限は無限である。中国が譲歩しないとして制裁関税を100%、200%と引き上げれば、米中貿易は激減し、中国経済は直ちに破綻、米国経済も供給不足と関税により大幅な財のインフレ(但しこれは一時的なもの)が起きる。
よってペナルティの限度は、米国経済と市場が大打撃を受けない範囲と予想される。但しここ一年の経験から相当ペナルティを上げても米国経済と株価への影響は軽微と観測が成り立つ。25%関税でも、NY株価は史上最高値近辺を維持し、2020年リセッションの影もないのである。
とうとう人権、安全保障までを制裁の根拠に、中国は事態切迫
加えて米国は、新疆ウィグル自治区における人権侵害を根拠に、ファーウェイ制裁に続き、ハイクビジョンなど8社に対し、米企業との取引禁止を軸とする制裁を発表したが、この威圧は大きい。企業制裁に人権や安全保障を絡めるとなると、米国は自由に特定の中国企業を標的として大打撃を与えうる可能性が出てくる。
この米国からの制裁の波状攻撃がいったん止められないと、中国経済は大変なことになる。選挙前の手柄が欲しいトランプよりも、中国側に譲歩に対する切迫感があることは明らかではないか。これまで、中国の対米貿易は農産物輸入が激減する一方、輸出は関税引き上げ前の駆け込みがあり、貿易黒字は増加していたが、それは一時的、いずれ中国の対米輸出急減が見えてくる。中国は態度軟化を余儀なくされるだろう。
(2) 米中覇権争いは新常態、覇権争いが米中経済に与える影響は限定的
米中覇権争いというニューノーマル
貿易戦争、一時休戦、再戦争、再休止という繰り返しが延々と続くだろう。これは言わば新常態。なぜなら、①ことの本質は覇権争い、故に終わりはなく5~10年続く、②米中ともに深い相互依存関係をただちには断ち切れない、③米中とも政治的にリセッションを許容できず、それを回避する手段はある、からである。そのニューノーマルがどのようなものか、あと数か月もすれば輪郭が表れてくるだろう。
ニューノーマル下の景気回復
これは新常態であるから、必ずしも不確実、不透明ということではない。そのもとで貿易、投資を含む経済活動が営まれ、景気変動も起きる。つまり景気回復が起きる。米国のゴールは、不公正貿易による中国へのミルク補給を止めることと、中国のハイテク覇権阻止。それを米国はダメージを受けることなくなるべく早く実現したい。中国はそれをなるべく遅らせ時間を稼ぎたい。中国で生産している企業、中国に供給を頼っている企業は、他国への移転をより加速させるだろう。中国は貿易で起きるマイナスを国内需要の振興でカバーする努力が続けるだろう。
(3) 2020年から世界製造業景気回復へ
中国需要が世界の製造業変動を決めている
世界の景気循環は製造業活動の変動によってもたらされ、製造業活動の変動は中国の需要に最も強く影響される。何故なら中国の需要が世界最大だから。粗鋼の世界生産シェアは52%と断トツ。セメント、工作機械、建設機械、高速鉄道システム・鉄道車両で中国市場は世界最大。2018年の自動車販売台数は中国2808万台、米国1770万台、日本527万台、インド440万台、ドイツ382万台、世界計9484万台と、圧倒的。スマートフォン、テレビ、パソコンでも世界最大の市場である。中国の一人当たりGDPは2018年で9600ドルと中進国の上限に達している。
中国需要底入れへ
2018年以降の世界経済ミニ循環の落ち込みは、ひとえに中国製造業景気の悪化によって引き起こされたが、今その底入れ局面に入りつつある。第一に2018年春以降の落ち込み主因であった中国の自動車需要が底入れ、また体質改善、インフラ投資抑制に軸を置いた政策も内需を抑制してきたが、それは大きく転換されている。金融緩和により不動産価格は上昇し不動産投資も押し上げられていくだろう。第二に2018年春以降の落ち込みをけん引した貿易戦争による不確実性も、消えつつある。棚上げされていた投資は復活へ、または第三国(例えば台湾)で新規投資が起きる。第三に5Gなど新技術投資が始まり、最先端半導体などで競争先行のための投資が活発化し始めている。例えばTSMCの7~9月半導体製造装置発注額は77億ドルと過去の10~20億ドルベースを大きく上回った(電子デバイス新聞10/10)。またサムスンは西安半導体工場の能力増強や、新世代有機ELパネル投資計画(1兆円規模)を打ち出している。
米国でもミニサイクル好転へ
米国では最も製造業景気変動に敏感な半導体株が最高値圏で推移している。雇用と消費も堅調で米国ミニサイクルも底入れが近いとみられる。FRBの利下げでイールドカーブの正常化も見込まれる。世界各国で展開されている金融緩和政策の効果が顕在化するだろう。年末にかけてリスクテイクが活発化していくだろう。
(4) 日本株、大きなチャンスか
日本株に大きな追い風
世界製造業景気のミニサイクルの落ち込みで最もダメージを受けたのが日本株式であった。日本経済は先進国では最も製造業依存が大きいうえに、東証上場株式時価総額のほぼ50%が製造業であり、グローバル景気に左右されやすい。またミニサイクル下落局面でのリスクオフから円高になったこともそれに拍車をかけた。しかし世界景気回復となれば、リスクオンの円安も加わり株高がサポートされる。
陰の極にあった日本株
そもそも需給面、心理面、バリュエーション面で日本株式は大底圏の局面にあった。グローバル投機家のポジションを示す裁定買い残は歴史的低水準、陰の極のシグナルを示していた。8月につけたPBR1倍はバリュエーション上の岩盤であった。
インフレ加速、不動産で前兆が
加えてインフレ加速の気配が見え始めた。マンションとオフィスビルで空室率が低下、賃料がはっきりと上昇に向かい、不動産価格が上昇している。マイナス金利の下で不動産の投資スプレッドが拡大し、REITなどがますます魅力的になっている。
日本の長期デフレは、20年にわたる 不動産価格暴落⇒家賃下落⇒広範な物価下落⇒賃金下落、という悪循環が引き起こしたと言っていい。この結果、日本は世界最低の低レバレッジ国となった。日本の低成長は、デフレ、レバレッジの低下、購買力低下が元凶であったが、これが大きく変化する前夜なのではないか。
日本企業低レバレッジは展開力の大きさの証
図表13に見るように日本企業は欧米企業に比べてレバレッジが低い。それは財務上のクッションが著しく大きいことを示しており、①万一世界リセッションとなれば最も不況抵抗力が強い、②好況が続くならM&Aや自社株買いを通して一株当たり利益を顕著に増加させる潜在力がある、ことを示している。ほぼアベノミクス以降の5年間の日本株買いをすべて吐き出した世界の投資家は、日本株の比率を再度急速に高めざるを得ない時期に来たのではないか。
(2019年10月15日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン235号」を転載)
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