中国で何が起きているのか。成長率の低下、突然の人民元切下げ、上海株価の急落と続き、中国経済の先行き懸念が強まっている。なかなか実情が掴めないもどかしさを感じる中国経済であるが、統計を示しながら議論を進めたい。筆者は、中国は日本の1970年代と1990年が同時に重なって現象していると考えている。
Ⅰ、成長減速の理由
‐中国経済は70年代の日本‐
◇日本経済の経験 1970年代成長屈折
「成長減速」が中国経済を見るキーワードになっている。成長減速は日本経済も通った道だ。日本経済は1970年代に「成長屈折」した。60年代は二ケタの高度成長が続いたが、70年代に入ると突如、4%成長に減速した。この高度成長は技術進歩の貢献が大きい。特に旺盛な設備投資による「資本に体化された技術進歩」が経済成長をもたらした(労働・資本代替投資による労働生産性上昇だけではなく、全要素生産性=TFPが上昇した)。この技術進歩の低下が成長屈折の主要因であった。
70年前後から、鉄鋼、家電、自動車などの分野で日米貿易摩擦が深刻化した。それは、日本の技術水準が向上し日米の技術格差が接近、日本が米国と同じ製品を作れるようになったことを意味する。同じものを作れるようになると、あとは賃金の安い国が勝つ。日本の輸出が怒涛のように伸び、米国の産業を脅かしたため、「貿易戦争」が起きたのである。
日米の技術水準が接近した以上、未だ独自技術の開発力が弱い当時の日本は、米国で新たな技術進歩がないと、日本の技術進歩も止まる。
表1はソロー・デニス流の成長会計分析であるが、経済成長率が屈折した60年代後半から70年代前半にかけて、一番大きな変化は資本の寄与度が半減したことである(8.2%から4.8%へ)。資本ストックの伸び率は12.7%、11.1%とほぼ同じなので、資本の質の伸び率低下が大きな要因である(5.4%から1.2%へ)。つまり、資本の技術進歩率の低下である。技術進歩(TFP)は労働の質、資本の質、中立的技術進歩の合計であるが、TFPの貢献度は、60~65年4.4%、65~70年4.7%でGDP成長率の約4割を占めるが、70~75年は1.1%に低下した。米国にキャッチアップしたことに伴う技術進歩の低下が経済成長率の低下を招いた。73年の「石油危機」が要因ではない。
◇中国は3~4年前から減速
表2に見るように、近年、中国経済は「成長屈折」が見られる。GDP成長率は2000年代は10~13%の高成長が続いたが、この3~4年、7%程度の成長率になっている。明らかに減速している。
中国は「世界の工場」と言われるようになった。導入技術で、カラーTV 、パソコン、スマホ、何でも作れるようになった。この製造技術分野で日米に追い付いたのである。この過程は、日本と同じように「設備投資・輸出主導」型の二ケタ成長である。成長要因の分析を行うと、技術進歩の貢献度は約4割、日本と同じである。
しかし、キャッチアップが終わると、技術進歩が低下し、経済成長率は低下する。実際、上述のように、従来の二ケタ成長から、この3~4年、7%程度の成長率に減速した。つまり、現在の中国の成長減速は特殊な理由があるのではなく、70年代の日本と同じことが起きているのである。40年のタイムラグを伴っているだけであり、本質に差はない。
最近の世界株安に関連して中国の「成長減速」が問題になっているが、2ケタ成長から7%成長への減速であれば、それは3~4年前から起きていることであって、2015年8月に起きたわけではない(注、市場で騒いでいる「中国減速」が10%から6~7%への減速なのか、それとも中国経済の失速、底割れを言っているのかは不明。もし後者であれば、現状6~7%程度の成長を示していることを否定する論拠が必要であろう。李克強指数については後述)。
ちなみに、日中の成長屈折時点での一人当たりGDPを比較すると、日本は1972年2,840㌦、75年4,500㌦、77年6,000㌦である(日本の所得水準の上昇は円切り上げの効果が大きい)。これに対し、中国は2012年6,200㌦、14年7,600㌦である。中国の成長屈折は日本より高い所得水準で起きている。
現在の中国経済は調整期にある。一つは技術進歩率の低下であるが、資本ストックの調整、不動産バブル崩壊が重なっている。
例えば、鉄鋼業は粗鋼生産8億㌧に対し、生産能力は11億㌧もある。3億㌧の過剰設備である。つまり、日本の粗鋼生産規模の3倍もの過剰能力である。しばらく、設備投資を必要としない。セメント、ガラス、化学など広範な産業で同じ問題が起きている。
資本ストック調整が大規模に起きているため、投資活動が抑制され、経済成長は鈍化せざるを得ない。不動産投資も同じ問題を抱えている。日本でも米国でも、資本主義国ならどこでも起きる景気循環であり、特殊中国的な問題ではない。
加えて、輸出が伸びない(これも3年前から)。人件費高騰と人民元上昇が要因だ。中国の為替制度はドルと連動するように基準値を動かすソフトペッグ制度を採用しているため、最近はドルの上昇とともに人民元も上昇し、人民元は4割も強含みになっていた。これでは輸出が難しくなるわけだ。
Ⅱ、世界株安・中国犯人説の検証
(1)元高・円安の通貨情勢
人民元はこの3年、大幅に上昇した。8月11日の人民元切り下げ直前の状況をみると、今7月は2012年11月に比べ、人民元は日本円に対し12.8円から20.2円へ(57%高)、米ドルに対し0.159㌦から0.164㌦へ(2.9%高)上昇した(表3)。
実質実効為替レートも(表4)、人民元は20.5%上昇、逆に日本円は28.7%の円安である。つまり、主要国で見ると、中国は世界で一番の“通貨上昇”の国、日本は世界で一番の“通貨安”の国である。人民元がこれだけ上昇しているわけだから、中国の輸出が伸びないのは当然である。(日本は世界一の通貨安の国であるのに、なぜ輸出が伸びないのであろうか)。
8月11、12、13日と3日連続で、人民元の基準値切下げ(下落幅は4.5%)を行ったが、それでも、中国が世界一の通貨高であることに変わりはない。輸出の回復には時間がかかろう。
(2)株価急落
◇バブル崩壊‐日経平均の方が影響大きい
8月11,12,13日の人民元の基準値切下げが世界株安の切っ掛けになったのは事実である。しかし、今の世界株価の不安定性の震源地は中国経済であるかどうかは確かなことではない。
図1は上海総合指数の動きである(月次)。長期(4年間)にわたって平穏な動きが続き、2015年初めから上昇に転じたが、バブルの期間は短かった。半年の瞬時である。5月末4,612(ピークは6月12日6,112)の後、下落に転じ、6月末4,277、7月末3,664、8月末3,206、9月11日3,200と推移した。急落したものの、崩壊後3か月目の8月末の前年同月比は45%高の水準にある。
もちろん、上海総合指数の下落は、この水準(9月11日=3200、14日=3100)に留まるかどうか、さらに下落するか、まだ分からない。
図2は80年代の日本のバブル崩壊時の日経平均の動きである。日本は5年間の長期にわたり株価が上昇し、89年12月にピークを付け(3万8916円)、その後急落した。ピークから3か月後の90年3月の前年同月比はマイナス8.7%である。株価急落は同じであるが(むしろ上海総合指数の方が急落)、前年に比べ中国は45%高、日本は8.7%減であり、対照的である。バブルの期間が長かったため、日本の方がバブル崩壊の影響が大きいと言えよう。
日経平均と上海総合指数のバブルの形成と崩壊の形は、さらなる研究が俟たれる。
(3)中国経済の実情‐異なる見方
中国経済の二ケタ成長は過去のものであり、既に3~4年前から7%台成長に減速している。中国の減速が世界株安の震源地だと言う見方が多いが、タイムラグがある。また、8月の人民元切り下げを切っ掛けに世界株安中国犯人説が盛り上がっているが、7月、8月に中国の経済実態に変化が生じたわけではない。
表5に示すように、消費は急落しているわけではない。堅調である。固定資産投資も急落していない。大きく悪化しているのは輸出入貿易である。7月の輸出は前年同月比マイナス8.3%、輸入はマイナス8.1%である(8月10日発表)。この輸出入データの悪化と直後の人民元切り下げが結びついたのが不幸であった。
輸出の伸び率も、3~4年前から大きく低下している。輸出の停滞が中国経済の足を引っ張っていることは事実である。
しかし、この7月の大幅減少(△8.3%)はイレギュラーである。前年同月が大幅に上昇したことの反動減である(前年は6月+7.2%、7月+14.5%)。前年比マイナスは実態であろうが、8.3%ものマイナスは過大表示である。また、輸入もマイナス8.1%(8月マイナス13.8)となり、スハ内需減少、景気悪化と読んだのであるが、実は輸入のマイナスは年初から起きていることであり、7,8月から急に景気底割れが起きたわけではない(輸入は1~3月マイナス17.8%、4~6月マイナス13.6%)。
◇李克強指数の読み方
中国減速説がGDP10%成長から6~7%への減速を言うのであれば、これは3年前から起きていることであり、いまに始まったことではない。もし、失速、底割れ(GDP2~3%あるいはマイナス成長)を言うのであれば、論拠が必要であろう。よく、「李克強指数」を持ち出す人がいるが、これは説明力がない。
李克強指数とは、李克強首相が2007年に遼寧省党委員会書記として在任中、景気実態を表す統計としてはGDPではなく、電力消費量、鉄道輸送量、中長期新規貸出残高の3指標がよいと言ったことに由来する。しかし、これは当時の遼寧省の経済状況を分析したものである。遼寧省は沿海地区に比べ経済発展が遅れている。また、重化学工業偏重で第3次産業が遅れている産業構造であり、中国を代表しない。今の中国はサービス産業が主導する経済構造へと転換が始まっている。
したがって、いわゆる李克強指数とGDPに乖離があったとしても、真のGDPは政府発表値より低いとは限らない。今の中国経済の実態が厳しいことは事実であるが、李克強指数を持ち出してGDP2~3%成長説や景気底割れを説明することはできない。
(4)人民元切り下げの3つの効果
8月11,12,13日の人民元の基準値切下げは3つの側面/効果がある。
第1は、人民元を国際通貨基金IMFの特別引き出し権(SDR)に加えるための措置である。これはもともとは「国際通貨」の仲間入りのため中国側からの要請であるが、IMFから「人民元の基準値が市場の実態からかけ離れて高い」と指摘され、過大評価されていた元相場を市場の実態に合わせるため人民元切り下げを行ったものである(下落幅は4.5%)。つまり、IMFの要請である。
第2は、元安である以上、輸出促進効果がある。
第3は、金融緩和政策の効果を高める効果がある。中国の為替制度はドルと連動するように基準値を動かすソフトペッグ制度を採用しているため、人民元をドルに連動させるためには、人民元を買ってドルを売る為替介入をしなければならない。人民元を買って吸収したら金融引き締めになり、景気を悪化させる要因になる。つまり、ドル連動の為替相場は内需の悪化要因なのである。人民元の基準値を市場の実態に合わせることで、金融緩和の効果を削ぐことが避けられる。
人民元の基準値切下げは上記3つの側面があるが、何故か、第2の輸出促進効果に注目が集まった。輸出テコ入れのための元安誘導と解釈された。また、「通貨安競争」の引き金を引くものとして、近隣窮乏化政策として中国への批判が高まった。しかし、先述のように、中国は世界で一番の“通貨上昇”の国になっている(この3年で、実質実効為替レートは20%高)。4.5%元安に誘導したところで、輸出がおいそれと伸びるわけではない。
8月の人民元切下げの経済効果は、第3の側面、国内の金融政策の効果を高める側面を重視したほうがいいのではないか。各国の「競争的通貨切り下げ」の恐れはおきていない。それより、金融緩和政策の効果が発揮され、中国経済が回復に向かうことの方が、中国向け輸出が増えるので、アジア諸国にとってプラスなのではないか。筆者はその観点から、過大評価されていた人民元を市場の実態に合わせた8月の人民元の基準値切下げは正しい政策であったと考える。
第2の側面だけに着目し、近隣窮乏化政策だとの批判は何処まで妥当なものであろうか。また、輸出促進策に転じなければならないほど、中国経済は悪化していると言う見方が広まり、そこから、市場は中国経済の先行きを懸念し、世界に株安の連鎖が広がった。8月11,12,13日の人民元切り下げを切っ掛けとした世界株安は、ウソから出た真のようなものだ。
もう一つの問題は、輸出テコ入れ策と言う解釈は元の先安感を予想させ、資本流出を誘った。人民銀行は為替相場の急激な変動を避けるため、元買い・ドル売り介入を行わざるを得なくなっている。市場から元を吸い上げることになり、金融緩和の効果を削いでいる。このように、8月11日の不用意な人民元切下げ、一方で「中国ショック」を煽る一方的な解釈は、じつに厄介な問題を引き出している。
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中国の輸出減少、GDPの成長減速は、いずれも3~4年前から起きている。最近の世界株安の「中国犯人説」には疑問がある。冷静さが必要だ。震源地は世界の金融市場にあるのではないか。この数年、日米欧の強力な金融緩和で世界中にマネーが溢れていたが、米国の利上げ懸念はじめ、いまその転機が訪れていることが、国際的な金融市場が不安定さを増す要因であろう。
中国を大国として演出するため、人民元を市場の実態より高めに誘導していたことが、今回の騒ぎの遠因である。無理な元高より、米国と政策協調して、米国は利上げを慎重にし、中国は効果的な政策を取り、両国が世界経済を安定させることの方が、「新型大国関係」の証明になろう。
また、強権的な市場介入が市場の不人気を呼び、それが中国犯人説などの「風評被害」をもたらしている。市場メカニズムに沿った政策運営がたいせつである。
(参照)拙稿「中国経済 日本も通った道-まだ減速するが、やがて安定成長へ-」山形新聞2015年9月10日付け、「直言」(7面オピニオン欄)。