坊主頭で痩せていて肩幅の広いオイラは、
車で移動する時以外には、白いコートを着ていることが多い。
「木野」を「キノ」と読むのか、「キヤ」と呼ぶのかは定かではない。
その昔、藤沢に存在していた「キヤ」という料理屋で、
オイラは冒頭の姿をして、児玉誉士夫の金庫番だったという初老の男に出会った。
知り合いだという朝丘雪路筋・新内の師匠がわざわざ出向いてきて、数曲奏じたりもした。
彼の力も加わって、IT談合・首謀者の一人で東大出の厚労省紐付きな男は、
職を辞したのだった。捜査が入る前にさっさと、保身を図ったのだ。退職金欲しさに。
と同時に、その「キヤ」は店をたたんだ。
「キヤ」の女将は元出版関係者で、その昔には大臣へインタビューした記事など書いていたという。
「神田」といったら神田明神、平将門を想起するよりほかはない。
しかし作中、これを「カミタ」と呼ばせている。
神の田んぼでできるものは稲、伏見稲荷を想起させているのだろうか。
”こんこん、こんこん”と窓ガラスを叩く不思議な音は、
目にしていない何者かが叩く音というよりは、伏見稲荷の眷属が鳴いているかのようだ。
”目を背けず、私をまっすぐ見なさい、誰かが耳元でそう囁いた。”
そう、誰かが耳元で囁くんだ。
それは自分の良心かも知れないし、神々の眷属かも知れない。
やっぱり村上春樹は、京都市伏見区生まれの、稲荷な人だったのだ。
★「木野」
村上春樹著 文藝春秋2月号 870円(税込み) P.396~422
青山にある根津美術館の近辺を探索する際には、
オイラはきっと、冒頭の姿で彷徨っていることだろう。