元祖SHINSHINさんのブログ
実は道長に虐められていた三条院
冷泉天皇の第三皇子だった三条院は、
1011~1016年に神武から67代目の天皇として在位したそうだ。
彼は親政を望んでいたがために藤原道長と対立し、
また道長の縁者を天皇にすべく思惑から、
相当な嫌がらせを受けていたらしい。
ひょっとすると、娘の当子が伊勢神宮斎院になったのも、
道長の陰謀だったのかもしれない。
いや、少なくとも三条院はそう考え、
娘がこのような悲恋に遭うのも、
すべて自分の境遇のせいだと嘆いて、
かの百人一首に取り上げられた和歌を歌ったのであろうか。
彼が出家を決意したのはその顕れであり、
なんと彼は心身ともに疲れ果てた退位の翌年に、
歌にあったとおり崩御したというのだ。
「うた恋い。」では三条院、
視力が悪そうに描かれており、
その上でなお「今宵の月は美しい」と歌った。
★「歴代天皇をゆく!」
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事実、彼は眼病を患っていたという。
墓所は金閣寺そばの北山稜。
安倍清明のように
道長に重用された者もおれば、
三条院のように虐げられていた者もいる。
夢枕獏氏「陰陽師」にて、
このような政治に対して清明が涼しげな姿勢で描かれていたのは、
せめてもの救いなのではなかろうか。