森永乳業は、乳タンパク質の一種であるラクトフェリンを60年以上にわたり研究を行っています。このたび、和歌山県立医科大学(橋本真一教授)との共同研究により、ラクトフェリンが免疫を調節するメカニズムに関して、以下の点を明らかにしましたのでご報告いたします。本研究成果は、科学雑誌「International Journal of Molecular Sciences」に 2024年12月13日に掲載されました※2。
●ラクトフェリンは、貪食やラクトフェリン受容体のヌクレオリンを通して免疫細胞の一種であるプラズマサイトイド樹状細胞(pDC)に取り込まれる。
●ラクトフェリンは、pDC内に存在するウイルス遺伝子のセンサー(トル様受容体7 [TLR7])の感受性を高め、pDCの活性化と免疫物質であるインターフェロンα(IFN-α)の産生を増幅する。
●ラクトフェリンは、IFN-αにより制御されるpDC下流の幅広い免疫細胞の活性化を亢進する。
1.研究背景
ラクトフェリンは牛乳から発見されたタンパク質の一種で、涙液、鼻汁、唾液などの外分泌液にも含まれています。これらの外分泌液が覆っている粘膜は、絶えずウイルスなどの異物に曝されていることから、ラクトフェリンはウイルスに対する免疫応答を調節する役割を担っている可能性があります。当社が過去に行った臨床試験において、 ラクトフェリンの経口摂取により末梢血中のpDCの活性が調節され、風邪様症状が軽度に維持されることが確認されています※3。
風邪様症状の原因となるウイルスの多くは1本鎖RNAを遺伝子として持っており、pDCは細胞内のTLR7でウイルス由来の1本鎖RNAを認識することにより、多量のIFN-αという免疫物質を産生します。また、IFN-αは自然免疫系、獲得免疫系の幅広い免疫細胞を活性化することにより、ウイルスに対する免疫応答を調節します。したがって、ラクトフェリンはpDCに働きかけ、免疫を調節することにより風邪様症状を軽度に維持する可能性があります。
そこで本研究では、ラクトフェリンがどのようにpDCに働きかけ、免疫を調節するかについて、細胞実験で検討を行いました。
2.研究方法
健常成人から末梢血を採取し、pDCなどの免疫細胞の混合物である単核球を調製しました。この単核球を、ウイルス由来の1本鎖RNAと同様にTLR7を刺激する物質(R‐848)や牛乳由来のラクトフェリンと一緒に培養し、それらが単核球に含まれるpDCをはじめとする免疫細胞に及ぼす影響を評価しました。また、pDCと同様にTLR7を発現し、TLR7刺激からIFN-α遺伝子の発現誘導に至るIFNシグナルを観察できるTLR7レポーター細胞を使用して、ラクトフェリンがIFNシグナルに及ぼす影響も評価しました。
3.研究結果
1.ラクトフェリンは、貪食とラクトフェリン受容体のヌクレオリンを通してpDCに取り込まれる。
TLR7刺激下で単核球を蛍光標識したラクトフェリンと共に培養すると、単核球中のpDCの蛍光強度が高まり、ラクトフェリンはpDCに取り込まれることが分かりました(図1)。pDCは貪食という方法で環境中の異物を取り込むことから、その働きを阻害したところpDCの蛍光強度が低下しました。また、pDCは細胞表面にヌクレオリンというラクトフェリン受容体を発現していることから、その働きを阻害したところpDCの蛍光強度が低下しました。以上のことから、ラクトフェリンは、貪食やラクトフェリン受容体のヌクレオリンを通してpDCに取り込まれることが分かりました(図1)。なお、複数の1本鎖RNAウイルスも、ヌクレオリンを通して細胞に付着、侵入することが知られており、ラクトフェリンは、細胞内における1本鎖RNAの動態に影響を及ぼす可能性があります。
【図1 pDCによるラクトフェリンの取り込み】
2.ラクトフェリンはTLR7の感受性を高め、IFNシグナルを増幅する
細胞に取り込まれたラクトフェリンが細胞内のIFNシグナルを調節するか調べるため、TLR7レポーター細胞を用いてTLR7刺激やラクトフェリンの影響を評価しました。TLR7刺激がない時は、ラクトフェリンを添加してもIFNシグナルは誘導されませんでした。一方、TLR7刺激がある時は、TLR7刺激によりIFNシグナルが誘導され、ラクトフェリンの添加はIFNシグナルを増幅しました(図2)。同様に、単核球を用いた実験ではTLR7刺激下でラクトフェリンを添加すると、pDCの活性化とIFN-αの産生が亢進し、培養液のIFN-αの濃度も高まりました(図3)。以上のことから、ラクトフェリンは、ウイルス由来の1本鎖RNAを認識するTLR7の感受性を高めることで、pDCのIFNシグナルを増幅することが示唆されました
【図2 ラクトフェリンによるIFNシグナルの増幅】
【図3 ラクトフェリンによるpDCの活性化とIFN-αの産生の亢進】
3.ラクトフェリンはpDC下流の幅広い免疫細胞の活性化を亢進する
IFN-αは、自然免疫系、獲得免疫系の幅広い免疫細胞を活性化することが知られています。ラクトフェリンはpDCの活性化とIFN-αの産生を亢進することから、単核球に含まれる他の免疫細胞の活性化も亢進することが期待されました。そこでTLR7刺激下で単核球を培養する際にラクトフェリンを添加したところ、ミエロイド樹状細胞(mDC)、ナチュラルキラー(NK)細胞、キラーT細胞、ヘルパーT1(Th1)細胞、B細胞の活性化が亢進しました(図4)。以上のことから、ウイルス由来の1本鎖RNAを認識するTLR7が刺激される状況において、ラクトフェリンはpDCだけでなく、pDC下流の幅広い免疫細胞の活性化も亢進することが示されました。
【図4 ラクトフェリンによる幅広い免疫細胞の活性化の亢進】
以上より、ラクトフェリンは貪食やラクトフェリン受容体のヌクレオリンを通してpDCに取り込まれ、ウイルス由来の1本鎖RNAを認識するTLR7の感受性を高めることで、pDCの活性化とIFN-αの産生を亢進し、下流のmDC、NK細胞、キラーT細胞、Th1細胞、B細胞などの自然免疫系、獲得免疫系の幅広い免疫細胞の活性化も亢進することで、免疫を調節することが示唆されました。
涙液、鼻汁、唾液などの外分泌液に含まれるラクトフェリンは、このような働きを通じてウイルスに対する免疫応答を調節する役割を担っていると考えられます。経口摂取される牛乳由来のラクトフェリンもまた、消化管において同様の働きをすることで、健康の維持増進に寄与することが期待されます。ラクトフェリンが人々の健康にどのように貢献しているのか、引き続き研究を進めてまいります。
<森永乳業とラクトフェリンの取り組み>
森永乳業は60年以上にわたりラクトフェリンの研究、製造、食品への応用を進めてまいりました。現在、世界各地の企業が、ラクトフェリンを様々な食品に配合しています。また、世界各地の研究者がラクトフェリンを様々な側面から精力的に研究しており、こうした研究者との連携を通じてラクトフェリンの研究をさらに推進し、人々の健康に貢献してまいります。なお、当社は企業の中で、世界で最も多くラクトフェリンに関する研究論文を発表しています※4。
<参考>
※1 Absolute Reports社 2023年版 当社の子会社、MILEI GmbH(ミライ社)の製造量シェア
※2 「Bovine lactoferrin enhances Toll-like receptor 7 response in plasmacytoid dendritic cells and modulates cellular immunity.」 Takumi Yago, Asuka Tada, Shutaro Kubo, Hirotsugu Oda, Sadahiro Iwabuchi, Miyuki Tanaka, and Shinichi Hashimoto
Int J Mol Sci. 2024, 25(24), 13369
URL: https://doi.org/10.3390/ijms252413369
※3 Nutrients. 2023; 15(18):3959. URL:https://doi.org/10.3390/nu15183959
※4 Elsevier社が提供するデータベース「SCOPUS」にて”lactoferrin”で検索(2024年12月時点)
d21580-1195-82439e1c53392d4f6aedd0d858557440.pdf
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