個人投資家が陥りがちな「塩漬け」の罠

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最新投稿日時:2012/09/10 10:52 - 「個人投資家が陥りがちな「塩漬け」の罠」(広木隆)

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個人投資家が陥りがちな「塩漬け」の罠

著者:広木隆
投稿:2012/09/10 10:52

投資には心理が大きく影響する

「株でなぜ儲からないのか」については、投資家の心理面に負うところが大である。古典的な経済学やファイナンス理論の多くは、投資家が合理的な判断をもとに行動することを前提にしているが、実際には違う。

「人間は合理的に考えることができるが、合理的に行動できるとは限らない」という言葉があるが、合理的に考えることさえできないのが実際のところだ。

「プロスペクト理論」が示す満足と苦痛の非対称

プロスペクト理論における効用曲線
筆者は2011年3月の東日本大震災のあと、配当利回りに期待して東京電力株を保有してきた個人投資家に対して、他の高配当銘柄に乗り換えることを提案するレポートを書いた。

論点は明確だった。今後、相当長期間にわたって東京電力が稼ぎ出す利益は巨額の賠償に消える。利益は株主に還元されないだろう。それは配当どころか利益を一切生み出さないのと同じである。東京電力が上場廃止を免れたとしても、株主にとってはもはや意味のある上場企業ではなく投資の対象とするべきではない。そう述べたのだ。

しかし、このレポートに対して読者から、次のようなフィードバックをいただいた。

「東電の株が半分以下になってしまっているのに損を確定してまで他社に乗り換える意味はどこにありますか」(原文のまま)
「東電からの乗り換えをお奨めですが、大幅な含み損を確定しての乗り換えに意味があるのでしょうか? 腐っても東電ではありませんが、多少の塩漬けは覚悟しつつ、復活を待つのもありではないでしょうか?」(原文のまま)

 このお二人は、まったく同じ疑問を呈されている。お二人が筆者の提案に感じた「ひっかかり」は結局、大幅な含み損を確定することへの違和感であり、損切りに対して多くの個人投資家が抱く心理と共通のものだ。

こういう心理を理解するのに役立つのが「プロスペクト理論」である。

「プロスペクト理論」は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トゥヴェルスキーという二人の経済学者によって提唱された行動ファイナンスの代表的な理論である。カーネマンは2002年ノーベル経済学賞を受賞。トゥヴェルスキーは1996年に他界したためノーベル賞を受賞していない。

「プロスペクト理論」は、それは行動ファイナンスでいう「損失回避理論」というもので、簡単に言うと

ひとは利益から得る効用(満足)よりも、損失から得る負の効用(苦痛)のほうが大きい

ということになる。下記のグラフはプロスペクト理論における効用曲線を示している。効用曲線とは投資の成果(利益⇔損失)に応じて投資家の効用(満足⇔苦痛)がどのように変化するかを表したものである。

 

このグラフから分かることは、

1. 利益の領域での傾きよりも損失の領域での傾きのほうが勾配が急である。
=同額の利益から得られる満足よりも損失からの苦痛のほうを大きく感じる。例えば100万円儲ける満足より100万円損した場合に受ける苦痛の方を大きく感じる。


2. 利益が大きくなるに従い効用(満足)の傾きが緩やかになる。
=追加的な利益から得られる満足(=限界効用)は逓減する。

例えば初めの投資で100万円儲かったとしよう。そして、次にもまた100万円儲かったとする。儲けて嬉しいには違いないが、その満足度は初めて儲けた時の喜びには及ばない。今度は反対に、2回目の投資では初めに儲けた100万円を失う損失が出たと仮定する。この時点では損益はプラス・マイナス0であるが、100万円を失った苦痛は、初めに100万円を儲けた満足を上回り、「心理的な損益勘定」はマイナスとなってしまう。

投資家が利が乗ると臆病になってすぐに利益を確定しようとしがちであるのは、追加で利益を得る満足より、利益を失うことの精神的ダメージの方が大きいからである。


3. 損失が大きくなるに従い効用(苦痛)の傾きが緩やかになる。
=限界効用が逓減するのは利益と同じであるが、損失サイドの限界効用逓減は追加的な苦痛が少なくなるということである。

追加で損失が出た場合の苦痛の増加よりも、損失が減少した場合の苦痛の低下の方が大きい。こうした効用曲線の形状によって、損失が出た場合は損失を確定させるよりも、そのポジションを保有し続けたい、含み損の解消を待ちたいと思うのである。また、追加で損失が発生しても、初めて損失を被ったときよりは苦痛の度合いが小さくなるため、利益が出ている時とは反対に大胆になってよりリスクをとって損失の解消を図ろうとする。例えばナンピン買いを入れるなどの投資行動はこうした投資家の心理が背景である。

一般的な投資家の傾向として、

利が乗っているときはすぐに利食い、損が出ているときは損切りできずに抱え込む

  という投資行動パーンが見られるが、その背景を行動ファイナンスの理論はよく説明している。この投資行動のパターンでは、勝つ時の儲けは小さく、やられる時は大きく損するということだ。更に、含み損を抱えると塩漬けにしてしまうために資金効率が悪くなるし、新しい投資機会を失うことなどからトータル・パフォーマンスの悪化につながりやすい。本レポートのタイトル「損切りは早く、利食いは遅く」とはそうした投資家の非合理的な投資行動を諌める相場の格言として、非常に有名なものである。

経路依存のバイアス

これまで見てきたことから、なぜ損切りが難しいのかがご理解いただけたと思う。次に少し別な角度から先ほどの質問を掘り下げてみたい。「含み損を確定してまで」という点についてである。この文面からは、単に損切りを躊躇するというよりは、含み損を確定するということに抵抗があるように見受けられる。

これから二つの質問をする。あなたならどうするかお考えください。


質問1: 映画の前売り券に2000円払った。映画館について前売り券を失くしたことに気付いた。さて、あなたは2000円を払ってチケットを買い直して入場するだろうか?

質問2: 映画を観に映画館に行った。チケットを買おうとしたとき財布にあった千円札を2枚失くしたことに気付いた。さて、あなたは映画を観るために2000円を支払うだろうか?


理論上は同じ2000円分の価値の損失であり、映画館まで足を運んだ交通費、時間、労力を費やしている点も同じである。それでも、実験をしてみると、券を失くした場合はもう買わないと過半数が回答するのに対して、紛失したのが紙幣である場合は9割近くが入場券を買って映画を観ると答えている。これが典型的な「心の会計」と呼ばれるものである。質問1の状況では「もう映画に2000円払っているので、更に2000円使うと4000円の支出となってしまう」ので、買わないと答えるのに対して、質問2では「まだ映画にはおカネを払っていないし、わざわざ映画館まで来たのだから」と券を買って映画を観るのである。質問1でも2でも、映画を観るならば映画館に入る段階で財布の中身は4000円少なくなっている。映画を観ないで帰ったとすれば、質問1でも2でも、財布の中身は2000円が少なくなった状態のままである。質問1でも2でも経済効果は変わらない。前売り券を買ったか、お札を失くしたかという、それまでの経路が異なるだけで、その映画を観たいならば2000円の支出が必要であることは変わらない。追加支出の金額は変わらないのに、それまでの経路が違うことで映画を観るか観ないかという行動が変わってしまう。これを「経路依存のバイアス」という。

もっと顕著な例を挙げよう。とても入手が困難な、いわゆるプレミアム・チケットを知り合いからタダでもらったとしよう。最近はプロ野球も大相撲もかつてほどの人気がない。何かプレミアム・チケットの良い例はないだろうか?歌舞伎?宝塚?韓流スター?嵐?AKB48? なんでもよいので、あなたのお気に入りのスターが出演するイベントが開催される。そのイベントの高価なチケットをもらったのである。あなたはその日を心待ちにして過ごして来た。ところがイベントの直前、あなたがお目当てにしていたスターは急遽、出演をキャンセルしたことが分かった。おまけに、外は大雪の悪天候。あなたは、そのイベントに行きますか?

大抵のひとは「それなら行かないや」と答える。しかし、そのプレミアム・チケットがタダでもらったのではなく、あなた自身が徹夜で並んで大枚をはたいて買ったものだとしたらどうだろうか?大抵のひとが「行く」と答えるのである。行こうと行くまいとチケットに払ったおカネは返ってこないし、お目当てのスターも観られない。経済効果が同じであっても、自分が買ったものかタダでもらったものかで行動が異なる。おカネを払って買ったチケットのほうが価値がある、と考える。タダでもらったチケットも買ったチケットも観賞できるステージは同じであるにもかかわらず。

過去を忘れる

ゲーリー・ベルスキーとトーマス・ギロヴィッチは著書「賢いはずのあなたが、なぜお金で失敗するのか」でこう述べている。「将来のことを決定する時、人びとは過去の行為に縛られていることが非常に多い。(中略)つまらない本を最後まで読んでしまうのは、すでに途中まで読んでしまったからであり、登場人物がどう生きるかを知りたいからではない。退屈な映画でも席を立たないのは、チケットを買ってしまったからであり、楽しんでいるわけではない。(中略)値上がりしない株を持ち続けるのは、いくらで買ったかが忘れられず、その株を『終わり』にするのが我慢できないからだ」

「含み損を確定させる」ことに抵抗感があるのは、プロスペクト理論でみたように、「含み損の解消」で得られる苦痛の減少が、新たな投資が利益を生むことから得られる満足より大きいからである。しかし、含み損が消えることも、新規の投資から利益が生まれることも、投資している株が同じ率だけ上昇すれば、経済効果は、当たり前だが同じである。

あなたはAという銘柄に100万円投資して、それが半分に値下がりしたとしよう。あなたの運用資産はA株1銘柄のみ。含み損は50万円、運用資産の時価評価額も50万円である。ここで重要なことは、含み損を確定しようがしまいが、あなたの運用資産の額は50万円であることに変わりはないということである。含み損を確定しないうちは損をしたわけではない、と思いたいのは人情であるが、投資した銘柄が半値になって運用資産も半分になってしまったという事実は変えようがない。ここで考えるべきは、50万円になってしまった資産をどう運用するかであって、含み損を確定するかしないかというのは「どう運用するか」「何に投資するか」という主たる意思決定に付随する従属的な事項に過ぎない。この先、ベストと思える運用方法を検討した結果、A株が有望、と判断するなら保有を継続するべきだし、他に有望な投資先が見つかるならばそちらに投資を行うべきだろう。それが損切りを伴う乗り換えならば、その結果として「含み損を実現化する」という事象が伴うだけである。くどいようだが、そうした場合でも – そうしたというのは、損切り、含み損確定、別の銘柄への乗り換え、という一連の投資行動をとること – その直後の資産の額は50万円と大きく変わらないだろう(取引コストを無視)。

二者択一の問題を考える。
オプション1:A銘柄を継続保有する。含み損を確定しない。
オプション2:A銘柄を売却しB銘柄に乗り換える。含み損を確定させる。

どちらの選択肢を選んでも、あなたの資産の額は50万円と大きく変わらない。つまり、損はもうすでにしてしまっているのである。してしまった損は仕方がない。より重要なことは将来を見ることである。運用の目的は資産を増やすことであって、やられた銘柄の含み損を消すことではないからである。確度の問題である。資産をより確実に効率よく増加させるには、そのままA銘柄を持つのが良いか、B銘柄を持つのがよいか、その時点における将来に対する見通しだけが判断のポイントであって、A銘柄をいくらで買ったかは関係ない。

過去を忘れることだ - そうは言っても、なかなか、それが難しい。恋愛と同じである。

こう言えば、つれない相手を忘れられるだろうか。
「あなたは買った値段を覚えているが、買われたほうはあなたがいくらで買ってくれたか知る由もない」

筆者の経験上は、忘れられた試しはなく、却って恨み・つらみが増すばかりであったが。それは、恋愛においてか、投資においてか、はたまたその両方ともか、については読者のご想像にお任せする。

(広木 隆 「ストラテジストにさよならを 21世紀の株式投資論」(幻冬舎・ゲーテビジネス新書)第3章より転載)
広木隆
マネックス証券株式会社 チーフ・ストラテジスト
配信元: 達人の予想

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