(1)2022年のサプライズ――危機の大きさと金融市場の底堅さ
新冷戦の勃発と持久戦
ロシアのウクライナ侵略、中国での習個人独裁の確立、北朝鮮・イランの跳梁に見る専制主義国家群の台頭など、世界は再度冷戦状態に入ったかの様相である。
しかし、東西冷戦と今回の冷戦は違う。ローマの歴史家クルティウス・ルフスは「歴史は繰り返す」と言ったが、カール・マルクスは「歴史は繰り返す、最初は悲劇として二度目は茶番(喜劇)として」と言い換えた。東西冷戦は真剣な雌雄を決する対立であり、相当の期間、優劣は全く分からなかった、今は優劣が明白で、プーチンも習近平も経済的に勝ち目のない挑戦をしている。つまり、資本主義・民主主義世界体制の危機ではないのである。
だが、追い込んではいけない。勝利の展望が全くないままに対米開戦に踏み切った日本の教訓を踏まえれば、勝つ見込みのない専制国家が、万が一の賭けに出ることはあり得て、それが第三次世界大戦を引き起こす可能性は低くはない。追い込まず経済的疲弊を待つ、持久戦しかない。この膠着状態をいかにマネージするかが、政策課題となっている。
驚きは経済と市場のresilience
この新冷戦の困難の下、世界の市場が底堅いことが驚きであった。40年ぶりのインフレが起こった。米国の消費者物価(CPI)上昇率は、ピーク9.1%(6月)、年平均8.1%(国際通貨基金:IMF予想)、コアCPI6.2%となり、米連邦準備制度理事会(FRB)は空前のスピードの利上げ(10カ月間で7回、0%から4.25%への425bp)で対応した。
これは2022年初には想像すらできない事態であったが、市場はそれを乗り切りつつある。まず株価が底堅い。 S&P500指数は年初の最高値から25%下落、年末でも20%安の水準、NYダウは最大で22%安、年末では最高値比10%安であり、いずれもコロナショック前のピークを10%程度上回っており、長期上昇トレンドは崩れていないと判断される。S&P500の下落幅は、リーマン・ショック時の▲58%を別にしても、2011年のギリシャ危機時の▲22%、2015年のチャイナショック時の▲15%、2019年末の米中対立勃発時(ペンス副大統領による対中対抗宣言)の▲22%、2020年のコロナショック時の▲36%と、過去10年余りの間に5回起きた下落のほぼ平均にとどまっており、循環域内の動きといえる。バブル崩壊だとか株式資本主義の崩壊などという事態にはなりそうもない。
金融引き締めにもかかわらず、ドル高が米国景気後退を回避させている
高速利上げにもかかわらず、米国経済は依然堅調でソフトランディングの可能性すら残している。注目すべきは、なぜここまで金融市場はresilient(レジリエント)、堅牢であったかである。
第1は、米国GDP(国内総生産)の7割を占める消費が堅調で1~2%の成長を持続していること(→好調な労働需給と賃金上昇、コロナ禍で積み上がった膨大な貯蓄の取り崩しによる)、第2に企業業績が底堅く、雇用もさほど悪化していないこと(→名目GDP[≒企業売上]はインフレにより8%ペースの伸びが続いており、4%弱への金利上昇は抑制的に働いていないこと)が要因として指摘される。
そして、その安定をもたらしている土台にドル高がある。前年比10%以上のドル高は米国へのグローバル資金の流入を促し、名目GDPの伸びの半分以下に米長期金利を抑えている。また、米国輸入物価の抑制が米国消費を支えている。この旺盛な米国消費が米国向け輸出増加により世界経済をけん引している。米国の対外経常赤字は1兆ドル(対GDP比3.7%)と空前の水準である。「ドル高」→「米国への資金集中」→「米国金利抑制・米国消費促進」→「米国貿易赤字拡大」→「対米輸出が各国経済をけん引」との連鎖が、中国経済の失速を補って世界経済を支えている。
巨大債務国が通貨高になり、赤字を垂れ流しつつ世界経済を支える、という一見不可思議な合理性こそ、ドル体制下のグローバル資金循環と言える。
ドル高→逆イールドスティープ化→金融波乱→米利下げを催促する可能性
米国インフレはすでにピークアウトしているので、利上げは2023年前半にターミナルレート5%強で止まるだろう。しかし、米国の景況感優位に基づくドル高は定着し、それが米国長期金利の低下圧力を強める可能性が高い。それは逆イールドを極度にスティープ化し金融機関やノンバンクの経営に打撃を与え、局地的金融パニックを引き起こす恐れはある。株価が一時的に急落する場面もあるかもしれない。
FRBの早めの利下げがあるとすれば、実体経済悪ではなく、金融市場の不安定化に対応するものとなる可能性が強い。こうして思いのほか早い米国利下げが実現すれば、景気後退は軽微にとどまり、年後半以降の株価反転も大きなものとなる。FRBは利下げを正当化するために、インフレターゲットの引き上げを打ち出す可能性がある。
(2)2023年、円安定着で経営戦略が抜本的に変わる
円安定着は経営者に戦略の抜本転換を迫る
武者リサーチが2023年を日本の大転換の年と主張する理由は、これまでの経済停滞を引き起こした経済主体のすべてが政策と行動を大きく変化させると確信するからである。
円安の定着は、企業経営者と投資家と日銀に待ったなしの行動の変化を迫っている。円高下では合理的であり企業の生き残りにとって必要であった政策は、円安下では誤りの政策となる。
世界需要が日本に集中し、企業は国内供給力の拡充を迫られる
2023年の日本経済はバブル崩壊後で最も明るい数量景気の年となるだろう。Jカーブ効果による円安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入る。円安で日本の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まる。また、割高になった輸入品の国内生産代替が起きる。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激する。極端に割安になった日本製品を個人や中小企業が購入し、インターネットを通して海外へと販売する越境EC(eコマース)も急増している。安いニッポンに向かって、様々なチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化するだろう。
これに対応するためには、まず工場の配置を海外から国内に回帰させなければならない。そして、雇用政策を根底から変えなければならない。
すでに変化は起きている。企業の国内における設備投資意欲は急激に高まっている。政策投資銀行、日銀短観、日本経済新聞など各種の設備投資調査では、すでに2022年において設備投資が過去最高レベルの伸びとなっている。円安定着が確信される2023年には、企業はより国内投資に本腰を入れるだろう。
設備投資増加、労働者争奪による賃金引き上げ
国内生産体制の構築には、高い賃金を払ってでも良い人を採用し、モチベーションを高めて競争力のあるチームを作らなければならない。一旦失われた生産体制の再構築は困難だが、それをやり切ることが勝敗を分かつ。そもそも日本のデフレの起点は、円高で競争力を失った企業の賃金抑制にあった。
しかし、これからは「労働はコストではなく、価値創造の源泉である」という認識の転換が必要である。日本生命が営業職の賃金を7%引き上げると表明するなど、すでに変化は起きている。良質の労働力確保を巡って、賃上げ競争が起きるかもしれない。
リレバレッジ、自社株買い大幅増加
企業の財務資本政策も大転換が必要だ。その柱が自社株買いによる高株価経営である。バブル崩壊以降、日本企業は保守的財務戦略に徹してきた。借金を減らし、利益の社外流出を抑えて自己資本を厚くし、ひとたび危機が起きた時に備えるため財務クッションを著しく高めてきた。日米欧の上場企業の負債資本倍率(D/Eレシオ)、日本企業の自己資本比率(法人企業統計)をみると、日本企業の極端な保守性が際立つ。このデレバレッジの財務戦略は、資本効率を無視し安全性のみにこだわったバランスを欠いたものになっている。
いまや低レバレッジ経営は株価低迷をもたらし買収されやすくなる一方で、資本コストの高さによって他企業の買収や新規分野への投資などの将来に対する布石を縛る、負けパターンの企業戦略と言える。債務を増加させ資本コストを引き下げ、投資・M&A、自社株買いなどを推進して株主利益を極大化させる必要がある。
自社株買いが急増するなど、すでに行動変化は起きている。以上のような企業行動の抜本的変化が、凍えた日本のデフレマインドを大きく溶融するだろう。
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