スコットランドの独立是非に、英景気の強さがブレーキとして働いた可能性があるとすれば、ドイツなど一部以外の失業率が過去最高水準にとどまっているユーロ圏では、景気はむしろアクセルとして働く可能性がある。
カタルーニャに2つの上部政府はいらない。通貨・金融政策を持つユーロ政府だけで十分だ。そう思うだけの環境がカタルーニャだけでなく、ユーロ圏各地に広がっている。
・スコットランドの反乱
スコットランド独立の是非を問う住民投票を前にして、キャメロン英首相は何度もスコットランドを訪れ、英国に留まるように訴えかけた。その際に、英国の他のメンバーとスコットランドはファミリーで、そこからの独立を「離婚」に例えた。
英国にとって今回の独立騒動は、妻からいきなり「私、家を出ます。」と宣言されたようなものだったのだろうか? そこで夫は、「気持ちは分かるが、今後の生活費はどうするんだ? 年金はどうする? 資産と負債はどうする? 子供のことも考えろ。」となったのだろうか?
スコットランドの人口はイングランドの10分の1。「選挙で投票しても政治の方向を変えることはできず、不平等だ」。「自分の意見が届かない」などの不満があったようだ。
ユナイテッド・キングダムが、王国の集合体であることは知っていた。5カ国対抗ラグビーが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、フランスの5カ国であることも知っていた。しかし、他のスポーツにも見られるように、英国を代表する場合には、ほとんどがイングランドで、他の3カ国の影は薄かった。
それでも、「今後の生活」を考えると、10分の1しか意見が通らなくても、家に留まるよりなかったのかもしれない。
そこに北海油田からの富が、経済的自立の可能性をもたらした。対岸のノルウェーはスコットランドの人口とほぼ同じ。ユーロ圏からも独立を保ち、世界有数の富裕国となっている。また、今後の発展が見込まれる北極海交易の見通しも立つようになってきた。女優の妻がカムバックすると離婚の可能性が高まるというが、経済的な自立の見通しが、独立への気運を高めたのだろうか? 実際、かってのソ連では女性の経済力の強さが、離婚率の高さに結び付いていると言われていた。
・Stay Big or Go Small(大国に留まるか、小国となるか?)
英国では、王族でも両地域で婚姻を重ね、エジンバラ大学にも通うように、イギリス人はスコットランド、イングランドの区別なく移動し、居住している。純粋のスコットランド人、イングランド人とどこまで分けられるかさえ疑問だ。
約半数のスコットランド人が独立を望んでいるというが、私には一体、誰が何のためにそう望むのかが、もう1つ理解できないでいる。しかし、そのヒントとなるようなものに出会った。カテゴリー別に、スコットランド独立の支持派と反対派とを述べたものだ。
女性:
現状維持を望む傾向がある。独立がもたらすものについて、男性よりも確信が持てないでいるので、反対派支持が多い。
低所得者層:
英国への愛着が少なく、独立派支持が多い。
失われた100万人:
通常は選挙に出向かないいわゆる「失われた100万人」に対して、独立派は強く働きかけている。
65歳以上:
年金世代は現状維持を望み、反対派支持が多い。
25歳以下:
独立派支持が多いと見られ、独立運動を主導しているスコットランドのアレックス・サモンド首相は、英国では通常18歳の投票権を、今回16歳に引き下げた。
保守層:
スコットランドにはほとんど保守党の議員がいないが、前回の選挙ではキャメロン首相が15~17%の支持を得た。反対派支持。
ミドルクラス:
経済的見通しから反対派支持。
移民:
スコットランドより英国を望み、投票しないか、反対派支持。
参照:Scotland: Who’s likely to vote Yes or No
http://www.cnbc.com/id/102007921
こうして見ると、現状には満足していない人たちや、現状のままでは打開策が見えない人たち、あるいはナショナリズムを刺激された人たちが、独立派を支持しているようだ。
対岸のノルウェーがスウェーデンから独立したのは1905年だ。ノルウェーの2010年の1人当たりGDPはIMFの資料で5万2013ドルと世界4位となっている。CIAの資料では5万9100ドルで世界4位だ。
一方、英国はそれぞれ3万4920ドル(21位)、3万5100ドル(27位)となっており、スコットランドは英国平均よりわずかに低い。
ちなみに、日本は3万3805ドル(24位)、3万4200ドル(28位)。スウェーデンは3万8031ドル(14位)、3万9000ドル(17位)となっている。CIAの資料にはアンドラ公国などの小国が含まれている。
ここに、英政府は、スコットランドの経済見通しが立ちにくくするため、ポンドの使用を認めないとし、大手金融機関もスコットランドを離れると牽制した。経済的自立の夢は、夢に過ぎないとダメ出しされた。
参照:スコットランドから逃げ出せ、RBSとロイズが大脱出の先頭
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NBPNZO6JIJV701.html
英国は国連の常任理事であり、G5のメンバーだ。スコットランドが離れても、その地位は不動かと思う。一方、英国から離れたスコットランドは、ウクライナのように何もかもを失ってしまうかもしれない。大国に留まるか、小国となるか? そういったことも、独立後の大きな懸念となっていた。
・ウクライナの民族問題
ウクライナ問題は、ロシアによるクリミア併合が原因かのように思っている人がいるが、こちらも基本的には民族問題だ。
親ロシア的と見なされていた前政権が、反ロシア的(ロシアを仮想敵国とするNATO寄り)勢力による武力クーデターで倒されたことにより、ロシア系住民が大半を占めるクリミアで、スコットランドのような住民投票が行われた。
ロシア系住民はロシアへの帰属を望み、クリミアに軍事基地を持つロシアはそれを承認した。ロシア系住民は異民族の小国に留まるより、同民族の大国を選んだのだ。NATO側はその住民投票を違法だとするが、ロシア側は選挙で選ばれていないウクライナ政府こそが違法だとした。
ソ連邦の崩壊により、ウクライナは大国から小国となった。ソ連は国連の常任理事国で、以前は世界の陣営を2分するほどの大国だった。崩壊後、ロシアも没落したが、それでも拒否権を持つ国連の常任理事国に留まり、BRICSとしても注目された。近年でも、中東情勢ではロシアの拒否権が何度も発動された。
ウクライナはバルト三国とは違う。バルト三国は北欧に近く、ソ連が支配していた国々だ。崩壊でNATO寄りとなったのは理解できる。一方のウクライナはブレジネフ書記長を出したことでも分かるように、ロシア、ベラルーシ(白ロシア)と共に、ソ連邦の中核だった。言語的にもバルト三国は北欧系だが、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの言葉は同じスラブ系で、方言ほどにしか違わない。ちなみに、ベラは白、ルーシはロシアだ。
ソ連邦の崩壊で、ウクライナは国際的な発言力はおろか、経済的に自立すらできない小国となった。とはいえ、ロシアに寄り添うことは、影の薄い存在のままでいることになり、民族のプライドが許さない。そこで武力に訴えて、前の親ロシア的な政権を倒すことで、ロシアからの自立を図ったとも考えられる。
しかし、ウクライナ国内には、以前「婚姻関係」にあったロシア系住民が多数居住しており、ロシアを仮想敵国とするNATOに加わることには強い抵抗を示すことになる。ウクライナは、以前のようなロシアと対等の立場に戻ることも、ロシアを完全に切り離すことも、どちらもできない難しい立場にいる。可能性としては、ロシア系住民の多い東部ウクライナを分離すれば民族問題は収まるかも知れないが、経済的に豊かな東部がなくなれば、ウクライナ人の西部は更に困窮してしまう。そうなれば、もはやNATOにとってもお荷物でしかない。
NATO側は、ロシアのプーチン大統領をヒットラーとまで例えて非難するが、プーチン大統領の立場で考えると、ウクライナに多数のロシア人を人質に取られているようなもので、見捨てることもできない苦しい立場にいるかと思う。
・民族主義の火種
BBCは、スコットランド住民投票の最終結果について、独立反対55.3%、賛成44.7%だったと伝えた。
独立否決を受けて、スコットランド行政府のサモンド首相は辞意を表明、「スコットランドの独立運動は続き、夢は決して死に絶えない」と述べた。今回の民族主義的な独立の火は収まったが、火種は残ったままだ。
英政府はスコットランドの自治権拡大を約束したが、それで火種はなくなるだろうか? では、何がその火種を大きくする可能性を持つのだろうか? 私は経済だと見ている。
英国2014年第2四半期のGDPは前期比0.8%増、前年比3.2%増、その規模は過去最大となった。
5-7月のILO基準失業率は6.2%と、4-6月の6.4%から低下、2008年以来の低水準となった。7月の雇用者数は7万4000人増だった。
8月の手当申請ベース失業率は2.9%だった。7月の3.0%から低下した。失業保険申請件数は3万7200件減少した。
4─6月期の小売売上高指数は前期比1.6%増、前年比4.5%増と、2004年終盤以来の大幅な伸びとなった。
第2四半期の消費支出は前年比2.6%増だった。第1四半期の2.1%増から加速した。
7月の鉱工業生産指数は前月比0.5%増、前年比1.7%増と、11カ月連続で前年を上回った。製造業生産指数は前月比0.3%増、前年比2.2%増だった。
8月のネーションワイド住宅価格指数は前月比+0.8%、前年比+11.0%だった。平均価格は18万9306ポンド。
8月のハリファクス住宅価格指数は前月比+0.1%、前年比+9.7%で、平均価格は18万6270ポンドとなった。
8月の建設業PMIは64.0だった。7月の62.4から上昇した。
8月のサービス業PMIは60.5と10カ月ぶりの高水準だった。7月の59.1から上昇した。
2014年世界経済フォーラム:
競争力世界9位
インフラ整備10位
S&Pの格付けAAA、見通し「安定的」。などなど。
PMIの60超えは、他ではほとんど見ない高水準だ。独立派の支持層が若年層や低所得者なのを鑑みると、景気の良さが歯止めになった可能性が高い。この国を離れることは政治的だけでなく、経済的にも大きなリスクなのだ。
一方で、前年比で1割も上昇している住宅価格は、独立派支持層の夢を、住宅所有から独立へと向かわせる。また、以下のような気になる数値もある。
英企業2013年時点の経営者は平均で、従業員平均の143倍の報酬を得ていることが分かった。1998年時点の47倍から、15年間で格差が3.04倍拡大した。
参照:UK’s top bosses paid 143 times more than staff
http://www.cnbc.com/id/101926585
景気が良いと見なされる英米を含め、世界中で貧富の差が拡大している。2014年世界経済フォーラムでも、貧富格差の拡大が世界の最も大きなリスクの1つだとされた。欧州各地でも格差は拡大し、民族主義の台頭が至る所で見られるようになっている。
スコットランドの独立是非に、英景気の強さがブレーキとして働いた可能性があるとすれば、ドイツなど一部以外の失業率が過去最高水準にとどまっているユーロ圏では、景気はむしろアクセルとして働く可能性がある。
例えば、スペイン7月の失業率は24.5%だった。スペイン8月の失業者数(失業保険申請ベース)は前月比0.18%増、前年比5.76%減の442万7930人だった。若者の失業率が2013年には57.2%にまでなったのだ。スペインではカタルーニャとバスクが民族主義的な独立運動を展開している。
また、ユーロ圏には独特の環境がある。カタルーニャ地方政府の上部政府はスペイン政府だが、その上にはユーロ政府があることだ。「選挙で投票しても政治の方向を変えることはできず、不平等だ」。「自分の意見が届かない」度合いは、スコットランドの比ではない。
スペインが米サブプライムショックの余波を受けて、不動産不況に至った時、欧州中銀はその後1年間利上げを続けた。ドイツなどのインフレを懸念してのことだった。その結果として、スペイン経済はサブプライムショックの本家米国以上に落ち込み、ユーロ圏のお荷物と見なされるまでになった。スペインですら「自分の意見が届かない」のだから、カタルーニャは2つの上部政府に翻弄され続けるしかないのが現状だ。
カタルーニャに2つの上部政府はいらない。通貨・金融政策を持つユーロ政府だけで十分だ。そう思わせるだけの環境がカタルーニャだけでなく、ユーロ圏各地に広がっている。
それにしても、スコットランドが英国に留まったことで、オーストラリアやニュージーランドは胸を撫で下ろしていることと思う。両国の国旗には英国のユニオンジャックが入っている。国旗を変える必要があるところだった。
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