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傷が塞がらない顧客

ずいぶん前に、右手の甲を擦りむいたという。初めて見る顔だった。
傷口を見ると、ヌラヌラと濡れたようになっていて、たしかに擦りむけている。

「ひょっとして、血糖値が高くないですか?」
問うと、その顧客がゲッという顔をした。

「糖尿病のヒトは、傷が治りにくいんです。高い血糖値を放置すればするほど、組織が壊死するリスクが急上昇するんですよ。このあいだも、スペイン酒場の知り合いが、若いんですけど、血糖値が高いまま放置して暴飲暴食を止めずにいたら、両足が腐って切断になってしまったんです。
 その他にも、腎臓が壊れて人工透析をしなければならなくなったり、目がやられると失明してしまうんです。すぐに糖尿病の内科医を受診してください」

その顧客は、顔色がみるみる青くなり、わかりましたと言って帰った。

     *

スナック門の顧客だった某機械技師のAさんも、
糖尿病を放置して、なんだかんだ、ずいぶん前に他界したらしい。
口を酸っぱくして諭してあげたのだが、俺はもう死んでもいいんだといって聞く耳を持たなかった。

飲み屋の住人は、いつ死んでもいいんだという達観めいた意志を、どこか秘めている人が多い気がする。

スペイン酒場のKさんは、店で倒れ、救急車の中で絶命した。
肝臓ガンだったらしく、そこが破裂したという話だ。
同、もうちょっとで小説家だったMさんは、たばこを買いに向かいのコンビニへ行った帰り、バイクにひかれて頭を強打し、再起できるかわからなくなってしまった。

スナックカスタムの常連だった元柔道家も、ガンが発覚しあっという間に亡くなってしまった。

死なないヒトなんてどこにもいないという実感を、ヒシヒシと感じるようになった。ルンペンになろうがどうなろうが、好きなことして生きるしかないな。






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