SHINちゃん。こんにちは。
おっ!おもしろそうな小説。やっぱ、この手の心理主義の小説は、フランスものに限るのかな。
ところで、話をもどして、すみません。
人が、コップをとる動作の脳科学の観察では、
①自分の意志で、指を動かそうと思った時刻。
②脳が、運動の指令信号を発した時刻。
③実際、指が動いた時刻。
通常、①→②→③と思えるけど、事実は、②→①→③だったのか。
これは、ボクにも、いはばパラダイムシフトだったよ。
これを文學を用いて説明するなら、三島由紀夫。
三島は、38歳で剣道始めて、あっと言う間に剣道5段。・・・・・・だけど、これは、まがいもの。
三島の通った警視庁の道場では、『あんなヘタな奴は、見たことない』と陰口が、ささやかれていたらしい。
また同じ文士で、剣道家で、三島と実地に道場で立ち会った立原正秋に言わせると「腐った剣を使っている」とのこと。
これは、なぁ、同じ運動音痴のボクには、よくわかる。
①→②→③組なんだな、三島は。
もしくは、①が強すぎる。
②→①→③が、運動・行為の実相なら、思考・思弁は、無いか少ないほうが良い。①なりといえども、時間がかかる。①が強いと、③が遅れる。これをして、運動神経が鈍いという。
むかし、アリストテレスは、人間の思索に最も適した状態は、歩行だと言った。よって、アリストテレス派を「逍遥学派」といったらしいが、アリストテレス師が疾走しだしたら、思索・思弁は、打ち切り中止。
運動中に、思量・思弁するのは、いはばブレーキとアクセルを一緒に踏み込むようなもの。
武道・スポーツや作業中は、哲学者はやめよう。拝