パイプのジョニーさんへ
我々の学生時代にも、虐めや暴力はございましたが
今日の如き、無抵抗のしかも倒れた者に対して
長時間の暴行は無かったと記憶していますね。
暴力や喧嘩も、倒れたら終わりでしたし
相手がギブアップしたら終了でしたけどね。
無抵抗の者を何か所もナイフで刺すなんて事は、
無かったですね。
小生も小学校3年生までは、暴力のプロのご子息達が
大勢在籍する、地元でも超一流の野蛮な学校でしたが
皆さん貧乏でしたから喧嘩が遊びの一部でしたからね。
そこには、ちゃんと基本的なルールがあり、度が過ぎたら
必ず助けが入りましたね。
小生も、よく助けに入りましたね。
中学生の頃には、必殺仕置き人がテレビで流行っており
虐めやタカリや集団暴力の現場に、遭遇するとよく
お仕置きしておりました。
小生は、孤独な唯我独尊状態でしたから、学生鞄に八角ヌンチャクを
携帯しており、腕には木刀対策のサッカーのすね当てをして
腰にはゾリンゲンの銃剣を下げており、胸ポケットには
五寸針を刺しての完全武装登校でしたね。
まぁ~ある意味大らかな時代でしたね。
悪のグループからは、非常に目障りな存在でしたから
一度だけ、悪3グループ合同での集団リンチの危険が
ございましたが、騙されて呼び出された音楽教室には
約20名ほどの悪いお子達が待ち構えておりまして
さすがに、ちとビビりましたが・・・・・・・・・・
結局、誰も小生に先制攻撃を仕掛けて来れず、小生は
誰も来ないなら、剣道部に行くから帰りますと音楽教室を出た後に
お邪魔な小生を呼び出そうと提案した、発起人が情けないビビりだと
その集団にリンチされたと、後で聞きましたね。
まぁ~暴力の多い時代でしたが、一定のルールがありましたね。
倒れたら終わり、泣いたら終わり、詫びたら終わり
ギブアップした相手を更に攻撃は、致しませんでしたね。
負けた相手への情けがあった時代でしたね。