昭和史を眺め平成を経て令和時代に入って。
小督さんに助言され、小泉純一郎元総理にも
働き過ぎですと言われた言葉を思い出します。
ここで考慮する事が出来たのが幸いですが、
企画で生きて来た人生を、どのように変化を
させるかです、私は痛みに寄る記憶は忘れない事で、
自分が体験した余計な苦痛は私だけで充分と
思って金丸信事件や宮澤喜一事件などがある。
私は体験した事柄で映画企画や作詞企画をおこない
具体的に製品にして世の中に出品して企画を
成功させ資産を貯めて来た、これは日常で起こった
作品を映画や作詞にして来たので、心を打つ事で
売れた企画投資だったのだろう。今思えば、
ワーカホリックは田中角栄氏の闘病生活の最後の
仕事として真紀子さんと角栄氏に私が告げて来ました。
そして角栄氏は日頃の闘病生活で水素に注目して
研究してましたので、現在の国策にも繋がってます。