少量データでの量子機械学習の有効性を実証し、製造DXを推進
慶應義塾大学(所在地:東京都港区、塾長:伊藤公平)と、TOPPANホールディングス(本社:東京都文京区、代表取締役社長CEO:麿 秀晴)は、少量データでの農産物の品質検査における量子機械学習の有効性を実証し、従来の古典的機械学習手法と比較して検出精度が向上することを示しました。本研究成果は、2025年3月21日(日本時間)量子技術の国際科学ジャーナル「EPJ Quantum Technology」に掲載されました。
1.本研究のポイント
・少量データでの高精度な異常検知を実現: 少量のトレーニングデータ(学習用:正常24件、異常24件)を用いて、高い識別能力を持つ学習モデルを構築
・実用的な量子回路の探索: 量子ビット間の異なる接続方法や量子ゲート構成を検証し、画像検査性能に優れた量子カーネル構造を特定
・量子カーネル[1]の優位性: 古典的カーネル(RBF)と比較して、量子カーネルを用いたSVM[2]がより高い識別性能(F1スコア、AUC)を達成
・量子コンピュータでの実装検証: 量子シミュレータでの結果を実際の量子コンピュータ(IBM Quantum)で検証し、実用に向けた知見を獲得
2.研究背景
量子コンピューティングの発展により、量子機械学習(QML)の産業応用への期待が高まっています。特に製造・検査工程における画像検査の分野では、正常品と異常品を高精度に識別する技術が求められています。2022年から始まった本研究で工業製品の異常検知において量子カーネルの有効性を示唆しましたが、農産物のように形状や内部構造が不規則な対象への適用はほとんど行われていません。農産物や製品の品質検査では、さまざまな異常パターンを少量データから学習し異常を検出する必要があり、これは従来の機械学習では難しい課題でした。本研究では、量子カーネルが持つ高次元空間での分類能力を活用し、農産物の非破壊検査への適用可能性を探求しました。
2023年9月の発表(※)では、リンゴの内部つる割れを非破壊で検知する技術の開発結果を発表しました。本研究はその発展として、より体系的に量子カーネル法の異常検知性能を評価し、科学的な検証を行ったものです。本研究では、農産物(リンゴ)の画像データを用い、少量データでの学習における量子カーネルの優位性を示しました。
※https://www.holdings.toppan.com/ja/news/2023/09/newsrelease230915_2.html
3.研究内容・成果
量子コンピュータを用いた機械学習への応用として、古典・量子ハイブリッドでの機械学習へのアプローチが検討されてきました。量子カーネル法はその有力なアプローチの一つです(図1)。本研究では、農産物(リンゴ)の内部つる割れという目視では確認できない異常を検知するため、光透過画像のデータセット(正常:24個、異常:24個)を用いました。そのデータに前処理、特徴抽出を実施した後、量子カーネルを埋込んだSVM(Support Vector Machine)で機械学習を実施しました。

図1:古典カーネルと量子カーネル法を用いた検査プロセスの流れ。図中の3.2は古典カーネルの代わりに量子カーネル埋込むことで従来のSVMによる機械学習を実施できる。
(1)実用的な量子回路の探索
研究チームは11種類の量子カーネル(QK0~QK10)を設計し、図2に示す成果を得ました。CNOTゲート(制御NOTゲート[3])を含む量子カーネルが高い識別性能を示しました。特に、QK9(各量子ビットとボトム量子ビットを接続するCNOTゲート、CNOT間にRy回転ゲート、最後にRzゲート)が最も高い性能を達成しました。

図2:特徴量数とF1スコアの関係。量子カーネル(QK9, QK10)が古典的カーネル(RBF)より高い識別性能を示している。この結果は量子シミュレータでの計算結果である。
(2)量子カーネルの優位性
古典的なRBFカーネル(F1スコア:0.58、AUC:0.62)に対して、最適な量子カーネルQK9(F1スコア:0.80、AUC:0.90)が高い識別能力を持ち、明確な量子優位性を示しました。データセットのサイズが小さく、特徴量が4であっても、量子カーネルによる優位性が顕著に現れることを確認しました。
(3)量子コンピュータでの実装検証
量子シミュレータで得られた結果を、IBMの量子コンピュータ(ibmq_Osaka)で検証しました。量子回路の深さが浅い(深さ32まで、CNOTゲート活用)QK9の場合、シミュレータと実機で同等の性能でしたが、回路深度が273に達するQK10(CNOTゲートを制御トフォリゲートに変更)ではノイズの影響により性能劣化を確認しました。
4.今後の展開
本研究の成果をもとに、以下の展開を進めていきます。
1.産業応用の拡大
農産物だけでなく、製造業における品質検査への応用、少量データでの異常検知が求められる分野への技術展開と製造DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を図ります。
2.量子回路の最適化
耐ノイズ性に優れた量子カーネル設計の研究を進めていきます.量子コンピュータとして、超伝導方式以外に、イオントラップ方式など、さまざまな量子ハードウェアでの検証を実施していきます。
3.量子カーネル理論の発展
特徴量空間と量子カーネルの関係性の理論的解明およびバレンプラトー問題(Barren Plateau)[4]などの課題解決に向けた研究にも取り組みます。
4.社会実装に向けた取り組み
実際の検査工程への導入を目指した実証実験、クラウド型量子コンピューティングサービスを活用した汎用検査システムの開発にも取り組みます。
尚、本研究は、科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム JPMJPF2221 の支援を受けたものです。
<原論文情報>
雑誌名:EPJ Quantum Technology
論文名:The discriminative ability on anomaly detection using quantum kernels for shipping inspection.
著者:Takao Tomono, Kazuya Tsujimura
掲載URL:https://rdcu.be/eeqGI
<用語解説>
[1] 量子カーネル
カーネルトリックと呼ばれる古典カーネル法と比べて、量子回路で作成された量子カーネル法の方が
複雑な特徴空間を表現できる特徴を持つ。
[2] SVM
サポート・ベクトル・マシンの略。N次元空間内の各クラス間の距離を最大化する最適な直線
または超平面を見つけることでデータを分類する、教師あり機械学習アルゴリズム。
[3] CNOTゲート(制御NOTゲート)
制御ビット(コントロールビット)と標的ビット(ターゲットビット)の2量子ビットからなる量子ゲートで、制御ビットが のとき標的ビットにXゲートを適用する。
[4] バレンプラトー問題(Barren Plateau)
変分量子アルゴリズムのコスト関数の勾配消失問題。
以 上
慶應義塾大学(所在地:東京都港区、塾長:伊藤公平)と、TOPPANホールディングス(本社:東京都文京区、代表取締役社長CEO:麿 秀晴)は、少量データでの農産物の品質検査における量子機械学習の有効性を実証し、従来の古典的機械学習手法と比較して検出精度が向上することを示しました。本研究成果は、2025年3月21日(日本時間)量子技術の国際科学ジャーナル「EPJ Quantum Technology」に掲載されました。
1.本研究のポイント
・少量データでの高精度な異常検知を実現: 少量のトレーニングデータ(学習用:正常24件、異常24件)を用いて、高い識別能力を持つ学習モデルを構築
・実用的な量子回路の探索: 量子ビット間の異なる接続方法や量子ゲート構成を検証し、画像検査性能に優れた量子カーネル構造を特定
・量子カーネル[1]の優位性: 古典的カーネル(RBF)と比較して、量子カーネルを用いたSVM[2]がより高い識別性能(F1スコア、AUC)を達成
・量子コンピュータでの実装検証: 量子シミュレータでの結果を実際の量子コンピュータ(IBM Quantum)で検証し、実用に向けた知見を獲得
2.研究背景
量子コンピューティングの発展により、量子機械学習(QML)の産業応用への期待が高まっています。特に製造・検査工程における画像検査の分野では、正常品と異常品を高精度に識別する技術が求められています。2022年から始まった本研究で工業製品の異常検知において量子カーネルの有効性を示唆しましたが、農産物のように形状や内部構造が不規則な対象への適用はほとんど行われていません。農産物や製品の品質検査では、さまざまな異常パターンを少量データから学習し異常を検出する必要があり、これは従来の機械学習では難しい課題でした。本研究では、量子カーネルが持つ高次元空間での分類能力を活用し、農産物の非破壊検査への適用可能性を探求しました。
2023年9月の発表(※)では、リンゴの内部つる割れを非破壊で検知する技術の開発結果を発表しました。本研究はその発展として、より体系的に量子カーネル法の異常検知性能を評価し、科学的な検証を行ったものです。本研究では、農産物(リンゴ)の画像データを用い、少量データでの学習における量子カーネルの優位性を示しました。
※https://www.holdings.toppan.com/ja/news/2023/09/newsrelease230915_2.html
3.研究内容・成果
量子コンピュータを用いた機械学習への応用として、古典・量子ハイブリッドでの機械学習へのアプローチが検討されてきました。量子カーネル法はその有力なアプローチの一つです(図1)。本研究では、農産物(リンゴ)の内部つる割れという目視では確認できない異常を検知するため、光透過画像のデータセット(正常:24個、異常:24個)を用いました。そのデータに前処理、特徴抽出を実施した後、量子カーネルを埋込んだSVM(Support Vector Machine)で機械学習を実施しました。

図1:古典カーネルと量子カーネル法を用いた検査プロセスの流れ。図中の3.2は古典カーネルの代わりに量子カーネル埋込むことで従来のSVMによる機械学習を実施できる。
(1)実用的な量子回路の探索
研究チームは11種類の量子カーネル(QK0~QK10)を設計し、図2に示す成果を得ました。CNOTゲート(制御NOTゲート[3])を含む量子カーネルが高い識別性能を示しました。特に、QK9(各量子ビットとボトム量子ビットを接続するCNOTゲート、CNOT間にRy回転ゲート、最後にRzゲート)が最も高い性能を達成しました。

図2:特徴量数とF1スコアの関係。量子カーネル(QK9, QK10)が古典的カーネル(RBF)より高い識別性能を示している。この結果は量子シミュレータでの計算結果である。
(2)量子カーネルの優位性
古典的なRBFカーネル(F1スコア:0.58、AUC:0.62)に対して、最適な量子カーネルQK9(F1スコア:0.80、AUC:0.90)が高い識別能力を持ち、明確な量子優位性を示しました。データセットのサイズが小さく、特徴量が4であっても、量子カーネルによる優位性が顕著に現れることを確認しました。
(3)量子コンピュータでの実装検証
量子シミュレータで得られた結果を、IBMの量子コンピュータ(ibmq_Osaka)で検証しました。量子回路の深さが浅い(深さ32まで、CNOTゲート活用)QK9の場合、シミュレータと実機で同等の性能でしたが、回路深度が273に達するQK10(CNOTゲートを制御トフォリゲートに変更)ではノイズの影響により性能劣化を確認しました。
4.今後の展開
本研究の成果をもとに、以下の展開を進めていきます。
1.産業応用の拡大
農産物だけでなく、製造業における品質検査への応用、少量データでの異常検知が求められる分野への技術展開と製造DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を図ります。
2.量子回路の最適化
耐ノイズ性に優れた量子カーネル設計の研究を進めていきます.量子コンピュータとして、超伝導方式以外に、イオントラップ方式など、さまざまな量子ハードウェアでの検証を実施していきます。
3.量子カーネル理論の発展
特徴量空間と量子カーネルの関係性の理論的解明およびバレンプラトー問題(Barren Plateau)[4]などの課題解決に向けた研究にも取り組みます。
4.社会実装に向けた取り組み
実際の検査工程への導入を目指した実証実験、クラウド型量子コンピューティングサービスを活用した汎用検査システムの開発にも取り組みます。
尚、本研究は、科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム JPMJPF2221 の支援を受けたものです。
<原論文情報>
雑誌名:EPJ Quantum Technology
論文名:The discriminative ability on anomaly detection using quantum kernels for shipping inspection.
著者:Takao Tomono, Kazuya Tsujimura
掲載URL:https://rdcu.be/eeqGI
<用語解説>
[1] 量子カーネル
カーネルトリックと呼ばれる古典カーネル法と比べて、量子回路で作成された量子カーネル法の方が
複雑な特徴空間を表現できる特徴を持つ。
[2] SVM
サポート・ベクトル・マシンの略。N次元空間内の各クラス間の距離を最大化する最適な直線
または超平面を見つけることでデータを分類する、教師あり機械学習アルゴリズム。
[3] CNOTゲート(制御NOTゲート)
制御ビット(コントロールビット)と標的ビット(ターゲットビット)の2量子ビットからなる量子ゲートで、制御ビットが のとき標的ビットにXゲートを適用する。
[4] バレンプラトー問題(Barren Plateau)
変分量子アルゴリズムのコスト関数の勾配消失問題。
以 上
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