中国はすでに外国人労働力を輸入している。フィリピン人家政婦が20万人も中国本土に在留している。まだ不法滞在の状態だが、フィリピン政府と中国政府の話し合いが始まっている。中国の経済社会は新しい段階に入り始めたようだ。
1、フィリピン人家政婦すでに20万人在留
先に拙稿「中国が労働力を輸入する日-Xデーは2020年代前半-」を発表したが(1月29日)、その翌日、日経新聞に上海にフィリピン人家政婦が多数就業しているとの記事があった(1月30日付け朝刊)。知人友人に頼んで中国現地におけるフィリピン人家政婦の情報を集めて驚いた。
上海で、ネット上で検索すると、フィリピン人家政婦の記事が溢れている。フィリピン人家政婦の仲介業者が沢山いて、「契約成立率100%」を謳ったスマホ上のアプリもある。また、中国のSNS「百度」やGoogleにも、フィリピン人家政婦の話題が無数に出ている。外国人が家政婦として働くのは非合法であるが、もはや公然の秘密だ。これらの記事によると、
中国では、深圳(セン)、アモイ、上海などに約20万人のフィリピン人家政婦が在留している。観光ビザで入国して不法滞在の就業である。月収は7500~8500元(13~15万円)とかなり高い。家政婦の仲介業者が数多く存在し、月収の5ヶ月分、3~5万元(50~85万円)という高い仲介料を取っている。
香港には早くからフィリピン人家政婦がいて(1970年代から乳母不足を解決するため公式認可)、その数33万人と言われるが、そこから上海など中国本土に移ってくる人たちもいる。香港より上海の方がはるかに待遇がよいとのこと(香港は月収4000元くらい)。
ただし、上海のフィリピン人家政婦は不法滞在の就労であるから、当然、リスクはあるようだ。ブラック仲介業者の存在。市場に需要があるので、ビザ規制が緩和され就労が合法化されれば、フィリピン人家政婦は殺到するとみられている。
90年代、北京を訪問した際、家政婦は山東省出身が多いと聞いた。当時、山東省は貧しい地域だったのである。最近は、安徽省の家政婦が質の高さで有名で、北京や上海に派遣されているようだ。安徽省に大量にいるので、外国からの出稼ぎ労働者は要らないとの見方もあるようだが、実際には大量に入国している。安徽省の家政婦とフィリピン人が競争しており、フィリピン人が競争に勝っている状況だ。フィリピン人家政婦はプロフェッショナルな技量を持ち、加えて英語力があるのが強みであろう。
2、政府間協議が始まっている
フィリピン人家政婦の就労について、フィリピン政府と中国政府の間で話し合いが始まっている(『北京青年報』2017‐08‐02記事)。
フィリピン労働雇用省の報告書(2017年7月30日発表)によると、労働省と中国大使館の話し合いがもたれ、中国5大都市(北京、上海、アモイなど)にフィリピン人家事労働者を送る可能性について協議している。可能性として月収10万ペソ(13000元=約22万円)を提供することに取り組んでいるという。大変な高給である。
まだ、確定した話ではないが、フィリピン人家政婦に、合法的な「就労ビザ」が発給され、月収22万円の高給が支払われる。実現すれば、すごい事態だ。
フィリピンは外貨収入の大半を出稼ぎ労働者OFW(Overseas Filipino Workers)の仕送りに頼っている。それがフィリピン国民の消費や経済成長を支えている。フィリピン人家政婦に就労機会を与えることは経済協力を意味する。中国の新たな外交手段になるであろう。外国人労働者の受入れは新しい規範(New Paradigm)を帯び始めた。
非合法であるが、市場では事態が進展している。それを受けて、フィリピン政府と中国政府の間でこの件について協議が始まっている。実態が先行し、それに追随、後追いして政策制度が変更される。古今東西を問わず、世の常だ。
日本でいえば、「ヤミ米」「やみ小作」問題もその典型だった。80年代までは土地を借りて農業経営の発展を図ると、「闇小作」と批判された。しかし、今では借地による規模拡大は“国是”である。コメの流通も同じだ。食管赤字が巨額になり、それを避けるためコメは自由流通をしばらく黙認していたが、ついに食管制度は廃止され(95年)、現状追認の自由流通になった。洋の東西を問わず、市場経済の浸透力は怖いほどすごい。それが中国の外国人労働力受入れ問題でも起きているわけだ。
今の段階では、外国人労働力の輸入は全般的な問題ではなく、「家政婦」限定の話であろう。しかし、内陸の安徽省に質のいい家政婦がいるにもかかわらず、フィリピン人を輸入しているという事実は留意しておきたい。
(注)フィリピン人家政婦に対するビザ規制緩和を特殊事例とみなすか、農民工流動不足による人手不足対応として工場や建設現場のワーカーまで広げるのか、結論はしばし留保したい。内陸から沿海部への農民工の流動の減少は統計事実であるが、2014~15年に深刻化した資本ストック調整に伴うマクロ経済活動の低迷の影響かも知れない。本稿では2016年までの統計で「農民工の減少」を確認しているが、経済活動が本格的に復活した場合、この動きはどうなるか、まだ確認できていない。沿海・内陸の格差、所得インセンティブに対する農民工の反応が低下したかどうか、2017年の統計を待ちたい。
3、戸籍改革か労働力の輸入か
中国が労働力の輸入に転じるのは、重い政治決断を要する。内陸と沿海部で大きな所得格差が存在するからだ。戸籍改革によって農村部の低所得層が都市部に流れてくれば、問題は解決するからだ。
労働力の輸入に頼らない方法は、(1)“十分な”戸籍改革による農村から都市への農民工流入の増加、(2)“超十分な”イノベーションによる省力化の二つだ。特に(1)の十分な戸籍改革があれば、労働力を輸入する必要はない。しかし、ソリューションとしては労働力輸入による道を選ぶことになるのではないか。
内陸の安徽省から質のいい家政婦が供給されているにもかかわらず、フィリピンから輸入している。家政婦としてはフィリピン人の質が高いからだ。プロフェショナルな技量を持ち、加えて英語力があり、子供の英語教育も期待できるからだ。市場はフィリピン人家政婦を選好した。この事実は、戸籍改革によって内陸から沿海部に農民工が流入するという仮説を必ずしも支持しない。
また、外国から労働人材を受け入れることで対応する方が相対的に容易であろう。筆者は先行論文で「2020年代前半、総雇用の2%、470万人輸入」という試算を示した(日本の実情から接近)。これは専門的・技術的分野を含んだ数字である。中国沿海部は専門的・技術的分野はすでに受けれているので、ローエンドの外人労働力輸入は200万人程度であろう。しかも、ビザ規制で厳しく管理していく。これに対し、戸籍改革による農民工の流動化は億単位の人口に影響し、制御することが難しい。200万人をビザ規制で管理する方がはるかに容易であろう。為政者にとっては、これが現実的なソリューションと考える。
先に述べたように、出稼ぎ労働者を受け入れることは「経済協力」を意味する。経済発展し高所得になったことが、新しい外交手段を中国にもたらしたのである。現在のリーダー習近平主席は「中国は大国として世界の中で存在したい」と思っている。労働力の輸入に転じる可能性は大きいとみる。
4、新々・中国論が必要な時
筆者の予想では、ビザ規制が緩和され、正式に、フィリピン人家政婦の入国が認められるようになるのではないかと思う。これはフィリピンに対する中国の“経済協力”であり、中国の外交手段になるであろう。また、家事労働力に限らず、もっと広げた範囲でビザ規制の緩和がある可能性は小さくはない。
筆者は90年代前半、鄧小平の「南巡講話」(92年)の頃、揚子江の下流域、蘇州や無錫など蘇南地区をよく歩いた。中国側関係者との交流でよく話したのは、「12億(当時)の人口と、上昇していく所得がもたらす「巨大な内需」は中国のソフトパワーだ。あなた方は軍事力の強化など不要ではないか。中国の内需はアジア各国に巨大な輸出市場を提供することになるだろう。皆、その市場が欲しくて、中国の意に背くことは出来ないはず。このソフトパワーを強化すればいいのであって、軍事力の拡大など要らないのではないか」と、冷やかし半分に議論しながら交流した。
拙著『赤い資本主義・中国-21世紀の超大国-』(1993年刊)を上梓した頃の思い出である。中国の経済発展は予想通りになった。
中国が労働力の輸入に転じるかどうかは、個別数値の予測の問題ではない。中国経済発展の新段階を意味する。発展途上国は労働力余剰である。経済発展に伴い雇用の場が増え、労働力過剰から不足の経済に移る。ルイス転換点を過ぎて人手不足になると、途上国卒業である。
中国沿海部が労働力の輸入に転じるのは、中国経済が急速に進展し、多くの富裕層を生み出したからだ。賃金が上昇し、外国から出稼ぎ労働者を吸引できるようになったことが最も基本的な要因である。つまり、途上国を卒業し、先進国に移行したことのシンボリックな現象である(ただし、沿海部)。労働力受入れ論は中国が新しい発展段階に移行したという新々・中国論なのである。
実際、中国沿海部は家政婦に月収14万円(中国・フィリピンの協議で検討されているのは22万円)を払える所得水準になった。格差は大きく、中上層は日本人よりはるかに所得が高い。中国の経済社会は新段階に入ってきたと言えよう。
日本は、中国が労働力の輸入に転じることはない等と思わないほうがいい。それは油断であろう。外国人人材の受入れ分野で新たな競争者が現れたことを認識し、環境整備を急ぐ方が賢明な対応と思われる。
(参考)
1、拙稿「外国人実習生が日本を支えている-日本人並み待遇でも競争力低下問題-」Webみんかぶ2017年12月19日付けhttps://money.minkabu.jp/63861。
2、拙稿「外国人実習生に支えられた野菜産地」『農業経営者』2018年1月号。
3、拙稿「外国人実習生の効果分析(茨城県農業の事例)-技能実習生は財産だ、後継者、高所得の決め手は実習生-」『農業経営者』2018年2月号。
4、拙稿「外国人実習生 農業の要に-ソフトパワー磨き競争力維持-」山形新聞2017年12月26日付け「直言」欄。
5、拙稿「日本は低賃金の国になってきた-外国人労働者受け入れの競争力低下どう防ぐか-」Webみんかぶ2018年1月17日付けhttps://money.minkabu.jp/64112。
6、拙稿「中国が労働力を輸入する日-Xデーは2020年代前半-」Webみんかぶ2018年1月29日付けhttps://money.minkabu.jp/64284
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