ささいな、いざこざから、果し合いをすることになった、黒田新之助。
相手は、藩で一番の剣豪といわれている、山本三郎。新之助は、こんなことになるなら、山本に、一言「言い過ぎた。申し訳ない」と言えば、こんなことには、ならなかったと後悔した。しかし、もう遅すぎる。この噂は、藩中に広まっている。
しかし、新之助も、武士。ここで、簡単に引き下がることは、できない事情もあった。
数日、考えてみたが、どうしても、勝てる相手ではない。考えた結果、藩の剣道指南役の、坂上団五郎に、相談してみることにした。
2人で、お茶を飲んだ後に、坂上は、静かに言った。
「まともに戦っては、勝てる相手ではない。方法は一つだけある。しかし、これさえも、必ず切られる。うまくいって、相打ちだ。やってみるか。」
「それは、剣を、上段に構えること。そして、相手が打ち込んできたら、迷わず、力一杯、振り下ろせ。」
「その時には、お主は、切られている。しかし、相手も、頭を割られている。相打ちだ。」
「これしか、ないであろう。」
「私は、今回の、見届け役を、殿から、仰せつかっておる。助太刀は出来ない。」
数日後、2人は果し合いの、辻屋の前に、対峙した。見届け役の、坂上団五郎もその場にいた。そして、この3人を大きく取り巻く、見物人も数多くいた。
2間(4メートル)程の、間合いをとり、2人は、剣を抜いた。静かな時が流れる。やがて、黒田新之助は、おのれの刀を、上段に構えた。山本は、正段の構えである。
新之助は、やがて、静かに目を閉じた。誰が見ても、隙だらけである。
これを見た、山本三郎。時の流れとともに、刀の切っ先が、小刻みに震えだした。山本程の、剣の腕前では、この結果がどうなるか、明瞭に読めた。これは勝てない。相打ちか、あるいは、負ける。切られる。
そして、時の流れとともに、その刀の切っ先の震えは、大きくなっていく。息は、次第に荒くなってゆく。
そして、山本は、その場に、膝をついて、動けなくなってしまった。
同時に、「負けた。」と一声。
「勝負有。」坂上の大きな一声が、辺りの静けさを、打ち消した。
「この勝負、相打ちである。そこで、引き分けといたす。」辺りに、見物人の、ざわめきが、聞こえた。
すべて、坂上の筋書きどうりであった。
「捨ててこそ、浮かぶ瀬もあり、根なし草」