またそのことを考える日がきた。
1995年は自分はすでに東京にいたが、ルーツは兵庫で、神戸には
親戚もあるので、神戸の震災は強烈な印象があった。
街中で大地震が起きるとそうなる、というシーンが心に刻まれている。
さらにその年は東京では地下鉄サリン事件があり、大変な
年だった。
すでに25年。神戸の震災で亡くなった親戚はいなかったが、
年配の人々はその後それぞれ他界しており、隔世の感はあるが、
ビルや高速が倒れているあのシーンは忘れられない。
ところどころで上がる火の手も恐ろしかった。
政府や地方自治体の初動の大切さも分かった事態であった。