日本国憲法を考える - 第一章 天皇 第1条~第8条 -

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日本国憲法を考える - 第一章 天皇 第1条~第8条 -



 7月13日にNHKのニュースが突然、天皇の「生前退位」の意向を報じてから、翔年は現行憲法下では、今の皇室を現状のまま維持し続けるのは大変難しいであろうと考えて、

 9月11日に「天皇の「生前退位」問題を考える -その真意は? ソースは? 黒幕は?-」をアップし、皇室が政争の具になるのを危惧しつつ、今上天皇は「生前退位」により、現行の国事行事をそっくりそのまま次の天皇に引き継ぎたいご意向であることを確認しました。


 そして、9月27日には「天皇陵は謎ばかり -宮内庁の厳禁措置の弊?-」をアップして、わが国の125代に亘る歴代天皇のリストを掲げ、宮内庁が管理している天皇陵(その中の古墳陵)が考古学から見ても、歴史学から見ても疑問だらけであること、それなのに歴史学や考古学の進歩でそれらが誰の目にも誤りであると明らかになっても、宮内庁は決して見直ししないことなどを指摘してきました。
 翔年は神話の時代はそれは神話であるとしてよい。ただし、考古学や歴史学で明らかになったものは改めるべきであろうと思っています。権威によって、知的財産まで歪めてはならないと思います。
 何もかも曖昧にしてしまってはならないと思います。


これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。 -「論語」 為政第二-
(諸橋轍次先生の意訳)
自分の知っていることは、この事は知っておるとし、知らないことは、この事はまだ知らないことであると、心にはっきり区別して認識するがよい。これが本当に知ることであり、それが又、更に知識を得て行く道である。
 




 さて、このエントリーでは、我が国の憲法に位置付けられている第一条~第八条の天皇に関する条文を逐条見ていきたいと思います。(憲法前文には皇室に関する記述はないので、ここでは省略して先へ進みます)


第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
→ 天皇はあくまで象徴天皇であって、この地位は国民の総意に基くのです。総意と言ったって、この憲法が定めている地位ですから、憲法改正に要する各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議して、国民に提案し、その承認(過半数)を得れば、国民の意思で象徴天皇の廃止は可能です。


第二条  皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
→ ここでは「世襲」という古臭い言葉がでてきます。国民の場合は第十四条で「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」となっています。国民は生まれた時から、法の下に完全に平等です。たとえ家族の誰かが栄典を授与されたとしても、一代限りの効力しかありませんから、世襲は一切ありえません。


第三条  天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条  天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
○2  天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
→ 天皇は内閣の助言と承認がなければ国事に関する行為は一切できません。言葉は悪いですが、繰り人形みたいなものとして定められています。
 ですから憲法上から言えば、今回のようなご自分の気持ちを国民に向かって直接天皇が述べられるのは、異論ありという考えもありうると思います。分かりやすい例を上げれば、ご自分の正直な気持ちを吐露されて、「現憲法は時代に合わないから改正すべきだ」と述べられても、「平和憲法である現憲法は守るべきだ」と述べられても、政治への介入とされて大問題となるでしょうから。


第五条  皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
→ 摂政は天皇が未成年のとき、または天皇に心身上の重患もしくは重大な事故があり、皇室会議によって、国事行為を行うことが出来ないと判断されたときに、おかれることになっています。
※皇室会議は以下の10人がメンバーです。議長は総理大臣ですし、議員の構成も政治家が多いので、政治権力が上位にある構成に見えます。
1 皇室(2人)、成人に達した皇族の互選
2 衆議院議長及び副議長
3 参議院議長及び副議長
4 内閣総理大臣---皇室会議の議長
5 宮内庁の長
6 最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官(1人)


第六条  天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2  天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一  憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二  国会を召集すること。
三  衆議院を解散すること。
四  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五  国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七  栄典を授与すること。
八  批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九  外国の大使及び公使を接受すること。
十  儀式を行ふこと。
→ これらはいずれも形式だけのことです。このような儀式がどうして必要なのか翔年はよく理解できません。何の権限も与えられず、儀式のみを執り行うようになっている天皇がお気の毒と思うばかりです。



第八条  皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
→ この定めがないと、皇居の新築やら何やらで、1円で請け負う工事業者が出てきたり、おかしなことが横行し目も当てられなくなるでしょうね。(笑)



 ここでちょっと息抜きに、読者のみな様に意地悪な質問を二つしたいと思います。感覚でなく、出来るだけ論理的に考えてお答えいただければありがたいです。

Q1 我が国の国家元首は一体誰でしょうか?
A1 天皇  B1 内閣総理大臣 C1 内閣  D1 元首は不在
→ 翔年は分かりません。いくら憲法を読んでも答えは見つかりません。
  外国から国家元首が公式に訪日する時には、わが国の国家元首が迎えるのが国際儀礼です。明治憲法では「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総覧シ此ノ憲法ノ条項ニ依リ是ヲ行フ」とありましたが、現憲法には何の規定もありません。憲法解釈によって政府は天皇を国家元首としているのですが、曖昧な話です。(笑) 
  実際、外国の元首が死亡したときの弔電や外国の国王が即位したときの祝電も、憲法に明記されていないにもかかわらず、天皇の名で実際に行われているようです。

Q2 わが国は君主国ですか?
A2 Yes  B2  No
→ 翔年は分かりません。共和国とは思いませんが…。(笑)
  君主国なら、君主国らしく前文にその国の歴史的、文化的記述があって、その中心に天皇のことがしかるべく書いてあるのではないでしょうか? 現憲法にはそういう記述は一切ありません。それで「当然君主国である」という説から、「共和制だろう」という説まで、いろいろな学者のお説があるそうです。すべて議論は「象徴天皇」をどう解釈するかに行きつくわけで、決定打はありません。



 以上、天皇に関する憲法の条文を見てきましたが、この憲法は元首すら定めていないのです。それもこれも、すべて象徴天皇制という曖昧なものに起因していると感じます。




 その原因の最たるものは
1. 昭和天皇および日本国民が戦争責任をキチンと総括していないことにあります。極東国際軍事法廷(通称東京裁判)で日本人25人が有罪になり、絞首、無期禁固、その他の刑に服しました。が、あれは戦勝国の裁判であって、敗戦国の日本人はあの裁判を否応なく受け入れたに過ぎなかったのです。
 歴史を正確にだどれば、東京裁判は連合国側が戦後の混乱した我が国を統治する方策として、昭和天皇を訴追しなかったのでした。いわば戦勝国のご都合だったのです。

以下は、極東国際軍事法廷の裁判長ウイリアム・フラッド・ウエッブ(オーストラリア代表)の見解です。
〇 天皇の権威は、天皇が戦争を終結されたとき疑問の余地の無いまでに立証されている。同様に戦争を開始するに当たって天皇の演じた顕著な役割が検察側から提示されたが、同時に検察側は天皇を起訴しないことを明らかにした。(中略)

〇 戦争開始には天皇の権威が必要であり、もし天皇が戦争を欲しなかったのであれば、天皇は当然にその権威を留保すべきであった。

〇 天皇は常に周囲の進言にもとづいて行動しなければならなかったという意見は、証拠に反するが、またかりにそうであったとしても、天皇の責任は軽減されるものではない。(中略)

〇 これ(天皇を裁くこと)は私の管轄外であり、天皇が裁判を免れたことは、疑いもなくすべての連合国の最善の利益にもとづいて決定されたものである。


2. ならば、大日本帝国の唯一最高の統治者にして軍隊統帥者である天皇裕仁は、1931年から45年にわたる戦争を、自らの権威と意志決定によって指導したことの責任を自らとるべきではなかったのか?
  
3. 日本国民は自分たちの問題として、天皇の戦争責任を問うことも、枢要な為政者の責任を問うこともしなかった。(ドイツ国民はヒットラー率いるナチスに責任ありとして、ナチスの協力者まで徹底して今に至るまで責任を追及しているのと好対照です。)

4. その結果、世界中の人々が天皇と日本人をどのように見ていたか、45年前の昭和天皇ヨーロッパ訪問時の歴史的事実を二つ上げておきます。
(1) 戦後25年経った節目の年(1971年10月12日)に天皇ご夫妻がボンを訪問した際のことです。多数のドイツ人学生および居留アジア人が、天皇来訪反対の大デモを行った。かかげたプラカードには「ヒットラーは600万人のユダヤ人を---ヒロヒトは5000万人のアジア人を殺した」と書いてあったといいいます。
 そしてこの学生達はあらゆるシュプレヒコールを繰り返し、警察の中止命令に従わなかった。そのため、11人が逮捕され、1974年に裁判にかけられています。
(2) 同様にオランダ訪問時には街中に「裕仁は犯罪者」という落書きがあふれ、天皇に向かって卵や魔法瓶が投げつけられ、天皇がお手植えの苗を引き抜かれる事件も発生しました。

 今更死んだ人に責任をとってもらう訳にはいきません。昭和天皇も当時の責任者もお墓の中です。生き残った日本人は、責任の取りようがなく、結果的に世界のあちらこちらに頭を下げ続け、お金を出し続ける生き方、もっとハッキリ言えば武士道の潔(イサギ)よさとは正反対の生き方を選んだことになっています。



 今回、天皇が国民に向かって率直にお言葉を述べられ、過大な国事行為を誠実に果たされようと努めておられるご高齢の天皇のお姿に接して、国民は「大変だと思います。何とかしてあげたい!」と好意的な気持ちを抱いている方が多かったように見受けられました。これは日本人の優しさでよかったと思います。

 そういうやさしい気持ちをお持ちの方々に、翔年はもう一歩踏み込んで天皇家の以下のような定めをどのようにお考えになるのか、是非聞いてみたいと思っています。

Q1 天皇には自由がありません。日本国憲法によって、生まれた時から天皇になれ!と定められています。退位もできません。職業も選べません。たぶん離婚もできないでしょう。何の定めもありませんから。

Q2 天皇ご夫妻にはいわゆる基本的人権がありません。思い出していただきたい。美智子皇后は正田美智子であった頃は当然、国民の権利として、自由も人権(男女平等を含む)もお持ちでしたが、皇太子妃になられてられると同時に日本国民としての権利は全てなくされました。 お気の毒にも皇室に入られてから美智子妃は「生き甲斐の喪失」やら「何やらの重圧」もあって「失語症」を患われたことがあります。
 次に雅子さまの「不適応症」について書こうとしました。その時過去にこんなエントリーをアップしているのを思い出しましたので、その一部を再掲することにします。



2004年9月9日 「雅子さま、気持ちの整理の時間必要」 -東宮太夫-
『宮内庁の林田英樹・東宮大夫(とうぐうだいぶ)は8日、記者会見し、皇太子妃雅子さまについて
〈1〉私的な外出に慣れる必要がある
〈2〉カウンセリングなどの精神療法を通じて気持ちを整理する時間が必要
〈3〉公務を軽減し、内容を見直して再開すべきである
と年内の公務復帰は無理との理由を説明した。
 6月17日にも書いたことだが、翔年は民間から天皇家に嫁がれて精神的に苦悶しておられる雅子妃に同情を禁じえない。
 かつて美智子皇后は「失語症」、こんどの雅子妃は「強迫神経症?」(後に「不適応症」に変更)、どうしてこういうことが心身ともに健全な国民の宝とも思える女性の身の上に起るのか? それも民間出身のお二人とも。

 自由が全くなく、自分の意志を述べることが許されず、男子を産むことが「公務」とされるような環境では、普通の(正常な)人間は耐えられないのではないか。改善や救いの手が遅きに失しないよう関係者に強く望みたい。

 雅子さまのような困難な状況に陥った時、一般国民なら転地療養とか、長期の里帰りとか、最後の最後には望めば離婚という選択肢もある。が、我国の憲法第一条から第八条までに規定されている天皇の地位にまつわる条文によれば、特権はあるが国民のだれにも保証されている自由(信仰の自由や職業選択の自由、思想の自由な発言)などの基本的な人権は全くない。

 今の若い人たちはこのようなダブルスタンダードをどのように理解しているのであろうか。多くの意見が知りたい。』ものですね。


 翔年は今、10年以上前に書いた上の引用文を読んでみて、書いた時の気持とちっとも変わりないことに驚きました。国民の象徴たる天皇制とは、えらく非人間的な制度に見えて仕方がありません。
 
 現行の憲法は、天皇制に限らず、国の安全保障についても、国際貢献策についても、地球環境問題への対処についても、あまりにも現在の国の置かれている環境とかい離している。もう、現実の問題点に目をつぶり、無理な憲法解釈によってああだ、こうだと不毛の論理をやっているいるのでは、国を危うくするリスクを高めるだけです。このままでは、政府は国民の命と財産を守る役目が果たせなくなってしまいます。

 21世紀の時代に合ったわが国のあるべき姿について、もっともっと議論を深め、憲法を改めるべき方向性を出来るだけ早期に明確にするべき時期がきているのではないでしょうか?

 広く国民の間に憲法改正の議論が高まることを期待します。




(参考)
日本国憲法(前文~第八条のみ)
(昭和二十一年十一月三日憲法)

 前文

  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

   第一章 天皇

第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第二条  皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。

第三条  天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

第四条  天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
○2  天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

第五条  皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。

第六条  天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2  天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一  憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二  国会を召集すること。
三  衆議院を解散すること。
四  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五  国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七  栄典を授与すること。
八  批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九  外国の大使及び公使を接受すること。
十  儀式を行ふこと。

第八条  皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。







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