最近地上波であまり見ないが、韓国ドラマは下火になったのか。実はジャンルを拡大しながら進化中だ。王道だった「シンデレラストーリー」や「出生の秘密」が消えつつある理由とは。
ツンデレな財閥の御曹司に胸をときめかせ、出生の秘密に衝撃を受ける──。
微笑みの貴公子ことペ・ヨンジュンの「冬のソナタ」がNHK・BS2で放送されたのは2003年のこと。以来、チャン・グンソク主演の「美男<イケメン>ですね」(10年放送)など数度のうねりを経て、多くの女性のハートをわしづかみにしてきた韓国ドラマ。
DVDレンタル最大手のTSUTAYAでの韓国ドラマの売り上げは、17%。洋画と邦画に並ぶ3強ジャンルだ。
ところが最近、ドラマのトレンドに異変が起きている。
●サスペンスも増加
「山田太一脚本の『ふぞろいの林檎たち』以来の群像劇の傑作」
フジテレビジョン編成企画担当の渡辺恒也さんは、スタッフに薦められて見た韓国ドラマ「ミセン-未生-」(14年)をこう評す。
「韓国ドラマといえば、愛憎劇や記憶喪失など非現実的なことが起きるイメージだったが、いい意味で裏切られた」
非正規職の主人公が、格差社会の象徴のような大手総合商社で挫折を経ながら成長していく物語。不器用だけどひたむきな上司や男社会で奮闘する女性の同期など、様々な人間模様も淡々と描く。
「一見地味な内容だけど、当事者にとっては人生がかかっている出来事。身近にいそうな人々の感情を丁寧にすくっている。日本では最近そういうドラマがないので、逆に新鮮だった」(渡辺さん)
かくして、「ミセン」のリメイク版、中島裕翔主演「HOPE~期待ゼロの新入社員~」(7月からフジテレビ系列で放送)が誕生した。
03年から雑誌「もっと知りたい!韓国TVドラマ」の編集長を務める丸山幸子さんは、「ここ2、3年のトレンドは、職業ドラマや骨太のサスペンス」と言う。地に足が着いたヒューマンドラマも増えている。
背景には何があるのか。
多くの韓国ドラマを日本で配給するエスピーオーの森丘直子さんは言う。
「かつてのドラマは、イ・ビョンホンやチャン・グンソクなど、スターの存在ありきだった。現在は四天王と呼ばれるような鉄板の俳優が不在。そのハンディが逆にストーリーを強くして、脚本や監督の力が作品に如実に反映されるようになった」
●地上波凌ぐケーブル局
森丘さんによると、もうひとつのきっかけは、韓国テレビの多チャンネル化と総合コンテンツ企業CJ E&Mの躍進だ。00年代まではKBS、MBC、SBSの地上波3社がドラマ市場をほぼ独占していた。ところが11年末、ケーブルテレビに新聞社系の総合編成チャンネル4社が参入。また、yvN、OCN、Mnetなど複数のケーブルチャンネルを擁する業CJ E&Mが、地上波ドラマで活躍していた有名俳優や演出、脚本家を次々と登用。視聴率、話題性ともに地上波を凌ぐドラマを制作するようになり、一気に視聴者獲得競争が激化した。
「ケーブル局の特徴は、制作環境が柔軟であること」と、アジアドラマカンファレンスでモデレーターを務めた清州大学キム・チャンソク教授は言う。
地上波が幅広い世代の視聴者を意識して過激な暴力や性表現をタブー視するのに対し、特定の年齢層や性別に狙いを定めるケーブル局では、より自由な発想と表現が可能だ。
例えば「失踪ノワールM」(15年)は40代男性をターゲットにしたOCN制作のサスペンス。元FBIの主人公がベテラン刑事とともに死刑囚に投げかけられたヒントをもとに犯罪を捜査する過程を、映画のようにクオリティーの高いビジュアルで描く。
若者向けで増えているのはウェブに連載された漫画が原作のドラマだ。平凡な女子大生と謎めいた先輩が恋に落ちたことで始まるスリラーロマンス「チーズ・イン・ザ・トラップ」(16年)や朝鮮時代のヴァンパイアが主人公の「夜を歩く士〈ソンビ〉」(15年)など、奇想天外な物語が受けている。
●バリキャリ母が主人公
ドラマには、社会の変遷も映し出される。
「“出生の秘密”が一大テーマになったのは、未婚の母が日陰で生きざるを得なかった時代だったため」
『女たちの韓流』などの著書がある文教大学教授の山下英愛教授はこう分析する。
「父系血統を重んじる韓国では、子どもは父親の姓を受け継ぐことを定める家族制度(戸主制)があり、婚外子で母親の姓を持つ子どもは母親から引き離されて実父の姓に変えられ、実母を知らずに育つケースも少なくなかった。それが“出生の秘密”につながった」
だが、05年に戸主制が廃止に。女手ひとつで育てることが後ろめたい時代ではなくなった。離婚率も高まり、韓国のシングルマザーは95年から15年間で1.5倍に増加(韓国統計庁調べ)。
「ミセスコップ」(15年)のヒロインはソウル地方警察庁強行犯係のチーム長というバリキャリのシングルマザー。仕事と育児のはざまで悩みながらもタフに生きる主人公が好評で、続編も作られた。
また、財閥の描き方にも変化の兆しが表れる。
「リメンバー~記憶の彼方へ~」(15年)と「激安 韓国ドラマ女を泣かせて」(15年)は、それぞれ、父の冤罪を晴らそうとする弁護士と、息子を亡くしても前向きに生きようとする母親の物語。いずれも正義を背負う主人公を翻弄させる悪役として登場するのは、財閥の存在だ。
財閥の御曹司といえば、シンデレラストーリーの王子様的キャラだったはず。批判の対象となった背景について、KBSドラマ局チーフプロデューサーのペ・ギョンスさんは話す。
「14年に起きた大韓航空のナッツ・リターン事件で財閥に対する非難が噴出。経済格差の広がりにも不満を持つ庶民は、ドラマに代理満足を感じている」
さらに韓国ドラマ界に大きな影響を与えているのが、中国だ。
韓国コンテンツ振興院海外事業振興団団長のキム・ヨンドクさんによると「『星から来たあなた』(13年)が中国でネット配信され、大ヒット。以来中国企業の韓国ドラマ爆買いブームが起きている」。
韓国放送コンテンツの輸出額は、14年に中国向けが日本向けを凌駕した(韓国コンテンツ振興院調べ)。そんな中、中国政府は15年に外国ドラマのネット配信に対する規制を発表。事前審議を強化し、配信には政府の許可が必要となった。これに対抗し、韓国の制作会社は中国企業から投資を受けて、韓国と中国で同時に放送・配信する方策に出た。審議を通すために放送前に最終話までをすべて撮り終えることが前提だ。
●チャイナマネーで制作
対中国ビジネスモデルの成功例が、ソン・ジュンギとソン・ヘギョ主演の「太陽の末裔 DVD」(16年)だ。聯合ニュースによると、中国の大手動画サイト愛奇芸(アイチーイー)が1話25万ドルで独占配信権を購入。映画を手掛ける韓国の制作会社がチャイナマネーを追い風に、紛争地に派遣された軍人と女医のラブストーリーをギリシャロケの壮大な風景とともに映像化。ディアマイフレンズ DVD韓国放送時には最高視聴率38.8%(ニールセンコリア調べ・全国)、中国では累計再生回数22億回突破という数字をたたき出した。
「従来のように、撮影した翌日に放送というあわただしい方法ではなく、事前制作での成功は、韓国ドラマにおいて革命的ともいえる」(前出のペ・ギョンス氏)
では、次なるトレンドは、どこへ向かっているのか。
複数の業界関係者が挙げたのが、パソコンやスマホでの視聴用に制作されるウェブドラマだ太陽の末裔 OST。1話あたり5分から30分。東方神起のユンホやEXOのメンバーなど人気スターが出演している理由を東亜放送芸術大学のキム・ホンシク教授は分析する。
「収益モデルとしては、まだ実験段階。だが、多忙なスターにとっては撮影の負担が少なく、プロモーションビデオ感覚で演技の経験を積むことができることが利点」
ドラマは時代を映す鏡。韓国ドラマは社会やビジネス構造を投影させながら、まさにドラマチックな進化を遂げている。