おめでとう、ボブ・ディラン

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最新投稿日時:2016/10/31 10:59 - 「おめでとう、ボブ・ディラン」(みんかぶ株式コラム)

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おめでとう、ボブ・ディラン

著者:矢口 新
投稿:2016/10/31 10:59

・ノーベル文学賞

 ボブ・ディランが2016年のノーベル文学賞を喜んで受け取ると発表した。

 日本人でも、ノーベル賞の受賞者は数多いが、受賞への反応を見れば必ずしも一様ではない。権威に評価されたことを喜び、自らの権威の箔付けとした人もいれば、研究課程の一成果として淡々と受け入れた人、権威や受賞そのものにはさほど興味はないが実益や後進のために大人の対応をした人などだ。

 私は、ボブ・ディランも大人の対応をしたのではないかと、推測している。

・本当に「無礼かつ傲慢」と言ったのか

 筆者のブログに書いた「権威が最も嫌うもの」で、上記のタイトルのコメントを頂いた。

 「すでにご存知かもしれませんが、ウェストベリ氏の発言はネット上で全文を読むことができます。最後まで読むと、最初の印象が大きく変わります。

 結局、これはマスコミが得意とする『発言のごく一部だけを取り上げてセンセーショナルに報道する』というケースだったようです。

 やはり、こういう発言についてはマスコミを鵜呑みにせず常に全文を確認する必要があると再認識しました。」

 恥ずかしながら、私は全文を確認せずに「権威が最も嫌うもの」を書いた。それは、私の主旨が実のところ、ウェストベリ氏非難や、ボブ・ディラン擁護にはなく、「相場は富を分配する場所だ。一般人が自分の裁量だけで、権威に挑戦し、富の分配に預かれる場所は、世の中に多くない」にあったからだ。

 ともあれ、ボブ・ディランが喜んで受け取ると発表したことで、ウェストベリ氏はほっと胸を撫で下ろしていることだろう。また、他のシンガー・ソングライターがボブ・ディランに続くという可能性の、後進への道を開いたことと思う。

 以下が、「権威が最も嫌うもの」の全文だ。

・無礼かつ傲慢

2016年のノーベル文学賞に、歌手として史上初めて選ばれたボブ・ディランが、騒動の種となっているようだ。

ボブ・ディラン氏にノーベル賞、文学界で賛否噴出
【10月14日 AFP】今年のノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)に米歌手のボブ・ディラン(Bob Dylan)氏(75)が選ばれたことを受け、文壇には「衝撃が走った」と言っても、まだ控えめな表現になるだろう。

今年の候補としては、シリアの詩人アドニス(Adonis)氏やケニアの小説家・批評家のグギ・ワ・ジオンゴ(Ngugi Wa Thiong’o)氏が有力視されていた。ディラン氏の受賞は、戦慄(せんりつ)や当惑、歓喜といったさまざまな反応で迎えられた。

フランスの小説家、ピエール・アスリーヌ(Pierre Assouline)氏はAFPに対し、「ディラン氏の名はここ数年頻繁に取り沙汰されてはいたが、私たちは冗談だと思っていた」と語り、選考委員会に対する憤りをあらわにした。

「今回の決定は、作家を侮辱するようなものだ。私もディランは好きだ。だが(文学)作品はどこにある? スウェーデン・アカデミー(Swedish Academy)は自分たちに恥をかかせたと思う」

フィリップ・ロス(Philip Roth)氏、ジョイス・キャロル・オーツ(Joyce Carol Oates)氏、ドン・デリーロ(Don DeLillo)氏という米国の文豪3人もまだ同賞を待っているのに加え、ノーベル賞に無視され続けた末に亡くなったホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)といった巨匠たちの例もあり、他の作家らも相次いで批判的な態度を示した。

映画化もされた「トレインスポッティング(Trainspotting)」で知られる英スコットランド(Scotland)の小説家、アービン・ウェルシュ(Irvine Welsh)氏も、ディラン氏の選出を酷評。「私はディランのファンだが、これは、もうろくしてわめくヒッピーらの悪臭を放つ前立腺がひねり出した検討不足で懐古趣味な賞だ」とツイッター(Twitter)に投稿した。

■決定を歓迎する文豪も

これに対し、同じくノーベル賞候補の一人と目されているインド生まれの英国人作家、サルマン・ラシュディ(Salman Rushdie)氏は、より寛大な姿勢を見せている。同氏はツイッターで「素晴らしい選択」と評し、「(ギリシャ神話の吟遊詩人)オルペウス(Orpheus)から(パキスタンの詩人)ファイズ(Faiz)まで、歌と詩は密接な関わりを持ってきた」と、選考委員会の声明と同様の見解を示し、「ディラン氏は吟遊詩人の伝統の優れた伝承者だ」とたたえた。

ソーシャルメディア上での発信を頻繁に行う上述のオーツ氏も、選考委員会からの電話を息を詰める思いで待っていたわけではないと示唆し、「傑出した、ユニークな選択」だったとディラン氏に対する祝意を表明。「心に残る彼の音楽と歌詞は常に、最も深い意味で『文学的』に感じられた」とツイートした。

「思い出してもみてほしい、ボブ・ディランという名は、ロバート・フロスト(Robert Frost)のように、ノーベル賞こそ受賞しなかったが受賞に値した20世紀の偉大な詩人、ディラン・トマス(Dylan Thomas)にちなんでいることを」(オーツ氏)

ディラン氏公式サイト、「ノーベル賞受賞」削除
【ロンドン=共同】今年のノーベル文学賞に決まった米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン氏の公式サイトから「ノーベル文学賞受賞者」の表記が21日までに削除された。13日の授与発表後、ディラン氏はコメントを発しておらず、授与を受け入れるのか辞退するのかに注目が集まっているが、削除の意図は不明。

公式サイトはディラン氏のコンサート日程や作品の一覧などを掲載している。「受賞者」の表記は、その中の書籍紹介コーナーの一部にあった。

文学賞の選考主体のスウェーデン・アカデミーは発表直後から再三ディラン氏への連絡を試みてきたが、本人とは話せておらず、17日の時点で連絡を断念した。12月10日の授賞式に出席するかどうかも分かっていない。

沈黙続けるボブ・ディラン氏は「傲慢」ノーベル賞委員が非難
【ロンドン=共同】今年のノーベル文学賞に選ばれた米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン氏が沈黙を続けていることに対し、選考主体のスウェーデン・アカデミーのメンバーが21日、スウェーデン公共放送SVTのインタビューで「無礼かつ傲慢だ」と強く批判した。

作家らでつくる同アカデミー(定数18)の一員のペール・ウェストベリ氏(Per Wastberg)で、「この事態は予測しなかった」と困惑気味に語り、ディラン氏の真意を「ノーベル賞を欲しくないのだろう。自分はもっと大物だと思っているのかもしれない。あるいは反抗的なイメージのままでいたいのかもしれない」と推測した。

アカデミーは13日の授賞発表後、ディラン氏に再三連絡を試みてきたが、接触できないまま既に1週間が経過。12月の授賞式に来るのかどうかも不明で、権威を傷つけられたいら立ちが噴出した形だ。

・誰が「無礼かつ傲慢」?

 以前海外で、巨額の賞金を宝くじで当てた人が、受け取りを辞退したという話があった。現状が十分に幸せなので、大金を手にすることで、家族とのバランスを狂わせたくないとのことだった。その人は全額をチャリティーに寄付した。

 お金が必ずしも人を幸せにする訳ではない。必要以上の大金が人の人生を狂わせることは十分にあり得ることだ。賞金の受け取りを辞退する人がいてもおかしくはない。とはいえ、辞退するならば、買わない方が賢明だ。今後、辞退したことを自らが後悔したり、家族から責められることがないとも限らないからだ。

 同様に、ノーベル賞が100%今後の人生にプラスに働くとは限らない。ノーベル賞を受け取ることで、自分や周りが変わってしまうことは十分に考えられることだ。現在の自分の状態が十分に幸せで、大きな変化を望まない人がいてもおかしくはない。応募者に与える賞ではないのだから、どんなに名誉な賞でも押し付けていいとは限らない。

 ノーベル賞とは何という権威だろう。本人が知らない所で、本人の意向など全く顧みず、当人の人生を変えてしまうような決定を下し、それを受け入れないと、「ノーベル賞を欲しくないのだろう。自分はもっと大物だと思っているのかもしれない。あるいは反抗的なイメージのままでいたいのかもしれない」などと邪推する。

 これは権威を笠に着た発言だ。もしかすると、電話にもでないことは無礼だと見なす人がいるかもしれないが、礼儀を言うならば、選出前に電話をするべきだ。今後の人生を変えるような重大なことを、当人の了承なしに行うことは、本来の礼儀ではない。好意、善意の押し付けだ。すべての人がノーベル賞を喜ぶ必要があるだろうか? 名誉の押し付けはできない。

 ボブ・ディランは、ノーベル賞に値すると選考主体のスウェーデン・アカデミー自らが認めた人だ。その賞が名誉に値するものならば、アカデミーの一員は受賞者に敬意を払うべきだ。敬意があれば、電話に出てくれないことは、自らの反省の材料とすべきことで、責める筋合いはない。「無礼かつ傲慢」というのは、個人の意思、しかも自らが偉大だと認めた人の意思に対する敬意のかけらもない発言だ。権威とは恐ろしいものだ。

 文学は多様性を尊ぶ。その意味では、ノーベル賞だからと無条件に有難いと受け入れる人たちから一線を引き、電話にもでないボブ・ディランは、まさに文学的だ。これらのことで、ノーベル賞の権威が傷ついたとすれば、傷つけたのはボブ・ディランではなく、ペール・ウェストベリ氏の方だろう。

・権威が最も忌み嫌うもの

 日本人でも、ノーベル賞の受賞者は数多いが、受賞への反応を見れば必ずしも一様ではない。権威に評価されたことを喜び、自らの権威の箔付けとした人もいれば、研究課程の一成果として淡々と受け入れた人、権威や受賞そのものにはさほど興味はないが実益や後進のために大人の対応をした人などだ。

 ペール・ウェストベリ氏の発言は権威の持つ特質を端的に表している。権威は、権威を否定されることを恐れるのだ。ノーベル賞に限らず、官位、勲章、役職、その他の権威に繋がるものは、その権威を認める相手にしか効果がない。ペール・ウェストベリ氏は、ボブ・ディランと連絡を取れないだけで、パニックになったように見える。

 ノーベル賞を頂点とする権威のピラミッドは、社会を固定化する。選ばれた選ばれないと一喜一憂することで、権威の存在を認めてしまう。そうなれば、選考主体が受賞者の上に君臨することになる。それを破壊できるものは比較や数値化だ。競争や数値化は権威を裸にしていく。

 私が最も大きな「相場の魅力」として挙げるのがその点だ。相場では、私はどんなノーベル経済学賞受賞者にも負けない自信がある。相場では、権威などは全く役立たないのだ。

 相場は富を分配する場所だ。一般人が自分の裁量だけで、権威に挑戦し、富の分配に預かれる場所は、世の中に多くない。

配信元: みんかぶ株式コラム

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