ペグ(peg)とは釘、固定する、安定させるという意味がある。本来ならば離れたり、変動したりする2つ以上のものを、固定するものだ。通貨ペグは、通貨リンクとも呼ばれ、2つ以上の通貨を固定し、連動するようにさせるものだ。
欧州の統一通貨であるユーロは、1979年から欧州通貨同盟同士の20年に及ぶペグの期間を経て、1999年に単一通貨となった。一方、デンマーククローネは1979年から現在に至るも、ユーロに連動している。ユーロ・ペグのままだ。
もともと違うものを連動させるには、それなりの作業を行う必要がある。例えば、デンマークは22日の欧州中銀の量的緩和決定に先立ち利下げを行い、決定後にも追加利下げという、1週間に2度も金融緩和を行った。つまり、デンマークの19日の1回目の利下げを見ていれば、22日の欧州中銀の緩和政策は予測できたのだ。通貨ペグで、金融政策を一致させる以外の作業としては、通貨供給量の調節や、為替市場への介入がある。
スイスは欧州の通貨同盟に参加していないどころか、欧州連合にも参加していない。しかし、四方をユーロ圏諸国に囲まれているため、対ユーロでの通貨変動はスイスの競争力に大きな影響を与えることになる。対ユーロでの通貨高に苦しむスイスは2011年9月、対ユーロで1.20以上のスイスフラン高阻止のため、ついに無制限の為替市場介入を宣言した。そして、その後1年ほどは積極的に市場介入を行った。その甲斐があって、2015年初めまでは、ユーロスイスは1.20近辺で推移してきた。実質的なユーロ・ペグとなってきた。
しかし、スイスの外貨準備高の増減をみると、2012年以降はほとんど市場介入を行っていない。にもかかわらず、ユーロスイスはその後も1.20近辺で推移してきた。このことは実需筋か投機筋が、あるいはその双方共が、スイス中銀に代わってスイスフランを売ってきたことを示唆している。
ここで、スイスの経常収支は1980年代初頭から一貫して黒字だ。2013年は1039億ドルと、ドイツ、中国、サウジアラビアに次いで、世界4位の規模となっている。また、質への逃避で真っ先に買われるのがスイスフランで、実需や安定保有を求める筋はスイスを買ってきた。
それでも、スイスが1.20以上には上昇しなかったのは、投機資金が売っていたからだ。低利のスイスフランを借り、それを売って高金利商品で運用すれば、利ザヤが取れる。いわゆる、スイスキャリーだ。今でこそ、米ドルやユーロでもキャリートレードができるが、スイスキャリーと円キャリーは長年にわたって、キャリートレードの代表的なものなのだ。
図1:スイスキャリー
ここで、キャリートレードとは何かを復習しておく。例えば、円を年利1%で借り、円売りドル買いで米ドルを保有、年利3%で運用する。1年後に、ドル売りで円を買戻し、円を返却して1%の金利を支払う。
このトレードでは円売りドル買い、1年後のドル売り円買いと為替市場を経由するので、為替リスクが発生する。金利差では2%取れるので、円安になるか、円高でも2%以内ならば、利益が確保できることになる。たった2%? だからこそ、大量の資金を使うことが多い。また、そのドルで例えば米株を買えば、株価上昇益も期待できるのだ。
図2:キャリートレード
しかし、1.20近辺でスイス売りユーロ買いを行い、例えばギリシャ国債で運用すれば、少なくとも為替リスクなしで金利差享受が期待できる。ギリシャのリスクは取れなくても、スイスの金利はほぼゼロなので、金利差が取れる投資物件はどこにでもあった。スイス当局が1.20維持を宣言した結果、スイス売り・外貨買いのポジションが大きく膨らんだのだ。
図3:スイスキャリー
では、スイス国立銀行はなぜ、対ユーロ・スイス上限1.20を撤廃したのか? いくつかの推測が可能だ。
1、ますます不透明になっていくユーロとの連動を避けた。
ユーロ圏のデフレ、ECBとギリシャ、イタリア、スペインなど周辺国との対立、ECBとドイツ連銀との対立、ユーロ圏とロシアとの対立などで、このままユーロ・ドルが下落し続けると、安いユーロに連動して、スイスフランも安くなり続ける恐れがある。
2、ECBの量的緩和に先行した。
事前にデンマークやフランスが知っていたように、スイスもECBの量的緩和を知っていた。もし連動を外していなければ、スイスもデンマークのような追加緩和や、市場介入を強いられる可能性があった。
3、その必要がなくなった。
2012年後半以降、それほど大規模な市場介入を行わなくても、1.20が維持できていた。ユーロと実質連動するような不自然なことを続けなくても、それほどスイス高にならないのなら、無理な政策は撤廃するに限る。
4、スイスキャリーの大きさを恐れた。
大規模な介入なしで2年半も1.20を維持できた一番大きな理由を、スイスフラン売り外貨買いのキャリートレードのためだと当局が見抜いていた。
つまり、どんなにスイスを売っても、1.20以上にはフラン高になる懸念がなかったために、スイスキャリーのポジションが膨らんでいた。このままでは1992年のポンド危機を招いたBOEの二の舞になると恐れた。大変動は自由に変動させないから起きるのだ。
15日の上限1.20撤廃後のユーロスイスの動きは、1971年ブレトンウッズ体制崩壊後で、主要通貨ペア最大の変動幅となった。ECBの緩和後にユーロが続落したこともあり、ユーロスイスも1.00のパリティを割り込んだままでいる。上記1のように、ユーロはますます不透明なので、売られ過ぎによる反発以外のユーロ高は考えにくい状況だ。
本来ならば離れたり、変動したりする2つ以上のものを固定する通貨ペグは、時間の問題で大変動の要因に繋がる可能性が高い。通貨ペグが問題だとなると、次はどこかと身構えたくなるものだ。デンマークは政策金利のマイナス幅を広げ、これ以上の打つ手がなくなってきた。
米ドル連動では、これまで米連銀と歩調を合わせて通貨供給を行ってきた中国が注目されている。チャートはドル円と、元円だが、ほぼ同じに見えるのは、ドル元がほぼ連動していることを示している。
図4:元チャート
今後も中国元を米ドルと連動させるなら、中国経済の状態とは関係なしに、年後半からは引き締め以外の選択肢がなくなることになる。
参照:Will China be the next forex peg to break?
http://www.marketwatch.com/story/will-china-be-the-next-forex-peg-to-break-2015-01-18
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