私はゲンを担ぐほうです。だから、死とか不幸とかいった言葉は、あまり使わないようにしていますが……。
彼とは、大学時代からの付き合いです。ゼミナールで一緒になり、彼は大手不動産会社に就職しました。そこで2代にわたる大物社長の秘書課長を務め、60歳の定年後に関連会社の社長に就任し、65歳でサラリーマン稼業を辞めたところまでは、まあ普通の人でした。
ところが、その後が異色でした。京都の仏教大学に学部入学し、2年間20代の若者たちと宗教について議論を交わし、卒業後は長谷寺で49日間の断食修行や、お寺の住職など、宗教活動を続けたのです。
東京に戻ってからは、年2回、ゼミ仲間とのOB会を、彼が以前に勤めていた新宿の高層ビルにある会員クラブで開催するなど、交友活動も活発でした。「俺は坊さんだ」といいながら、女の話はするし、肉や魚が好きで、奥さんと四国八十八か所巡りや世界一周の豪華客船の旅をしたり、ともかく話題には事欠かない奴でした。
宗教の話も、お経をあげたり修行の話ではなく、もっぱら、今の住職には檀家が、500軒ないとやってゆけないとか、僧侶の衣の色の序列とお布施の関係といった裏話が多く、昔流にいえば間違いなく破戒僧だったのですが、仏教を身近に感じさせてくれたことは事実です。
普段から健康には気を配り、ジム通いや、郊外に買った邸宅の庭先で農作業に精を出し、身体の定期検査も十分配慮していました。収穫したキュウリやナスをわれわれにも配ってくれました。
その彼が突然天国へ召されてしまったのです。ゼミのOB会で元気な彼の話を聞いて、わずか1週間後に訃報が届きました。
もっとも予兆はありました。彼は1年位前から、白血病の診断を受け、身辺整理を続けていました。好きな農作業も、土からバイキンが入るからと医者に止められているとこぼしていました。そういえば、彼が「死んだら戒名は、ただでつけてやるからね」といわれていた約束は、どうなってしまうのでしょうか……。
それにしても、あれだけ勉強し努力して築いた彼の人生でしたが、はかないものですね。