kouboudaisiさんのブログ
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人のゆく裏に道あり花の山
毛利3本の矢で三人の息子たちを訓戒した、毛利元就は戦国武将の中でも知略に優れていたことは有名です。
安芸の国の一豪族にすぎなかった毛利家を、中国地方十か国の大大名に伸し上げた智謀というか悪だくみは類いまれなるものです。
石見の青屋友梅の城を攻めた時、元就は城を包囲して水が尽きるのをひたすら待つ作戦にでました。
友梅もかなりの知将で、毛利軍の見える所へ馬を出し米で馬を洗って見せた
のだそうです。
遠目には水で洗っているように見えるのだそうです。
老臣からでさえ、作戦の変更を進言されましたが、元就は耳をかそうともしなかったのです。
数日後、元就は軍師として井上光親を城内に送り込みました。
光親を丁寧にもてなした友梅は、
「私は馬が好きでして、おなぐさみにお目にかけましょう。」
と言って数頭の馬を引き出して、今度は本物の水を盥に一杯たたえて、
頭を冷やさせたり口を洗わせたりして見せました。
期待外れの報告を光親から聞いた元就は、「さてこそ水は尽きたとみえる」
と言って、ますます包囲網を厳重にしました。
青屋友梅が降伏開城したのは、それから数日後だったそうです。
相手の戦略の裏を見抜く目を持っていた元就は、忍耐力も兼ね備えて訳です。
「寝ているうちも、心の休まることははなかった。」と元就は、晩年回術
しております。
このように機関投資家の戦術の裏を読む眼力や忍耐力が私にあれば、私も
今頃ウォーレンバフェットかジョージソロスになっているのになあ~!!
こんにちわ、見抜く力ね、うん、うん、欲しい、。